衣食住という言葉がある。
人間が人間らしくあるための必要事項ということだ。
普通、人間に最低限必要なものといえば、食が来ると思うのだが、昔の人の考えは奥が深い。
最初は衣なのである。
この衣とは、その人間の生き様を表す。
もし真っ裸だったら、その人はどんな職業か、どんな生活をしているのかが全くわからない。
つまり衣をまとうことで、その人のポジションが分かるのである。
そして、同じ生き物だけど、ケモノと人間が違うのはそこなのだ。
つまり、人間は社会的動物だということなのである。
着るものによって、その人の殆どがわかる。
奇抜な格好をしていれば、そいつは変な奴だし、ゴージャスな格好をしていればそいつは金満家なのだ。
人は見た目がすべて
よく人を見た目で判断するなというが、それじゃ、初対面の人を判断する時に、どうすれば良いのだというのだ。
テレパシーを持っていれば、直接脳の中を覗けるのだが、残念ながら、そんな人はごく少数だろう。
警官や軍人、学生と社会人、主婦と遊女。みんなそれなりの格好を自らしている。
つまり視覚的な情報の必要性を十分認識しているからだ。
差別と区別は必要
人間はその人の能力で、自然と区別されていく。
頭のいい奴、悪い奴は確実に存在するし、運動神経のいい奴、口がうまい奴も当然いる。
その個性を持った人間が社会で生きていく時、職業を選ぶ。
その職業の匂いが、衣にしっかり現れているのだ。
だから、衣を見ればその人の情報がしっかり伝わるのである。
差別とは、特定の集団や属性に属する個人に対して、その属性を理由にして特別な扱いをする行為である。
そしてそれが優遇の場合と冷遇の場合がある。
世間で差別反対というのは、冷遇されている場合のことで、差別自体は問題ないのだ。
優遇されている人たちは、差別大歓迎なのだ。
金持ちと貧乏人、東大生と三流大学生。これらの人たちは差別主義者である。
美人とブス
これも、社会の中でしっかり、差別区別されている。
誰がどう言おうと、古代より存在している。
ただ、これは見た目なので、西洋人と東洋人では当然価値観が違うので注意が必要だろう。
それならブスは日の目を見ないかといえば、そうではない。男女の付き合いに迷いがないので、美人よりすぐ結婚する。ブ男もそうである。
という事は、子孫を残す本能から見れば、どっちが得なのかわからないのだ。
さらに実体験から言えば、美人は三日で飽きる。
リベラル派のまやかし
西洋かぶれのリベラル派の人たちは、よく平等を叫びたがる。
黒人と白人を差別するなというが、差別したのは白人であり、黄色人種の日本人には関係ないことだ。
動物愛護もそうだ。
クジラやイルカを食べる日本人を目の敵にする西洋人たちは、鳥や豚、牛を殺して食う矛盾には手を出さない。
しつこく突っ込むと、鳥や豚、牛は神様が人間の食べ物として作ったからだという。
そんな馬鹿なことはないと、西洋の宗教に染まっていない日本人は良くわかっている。
へんなリベラル平等主義は人類を滅ぼしてしまう。
なので、人を見る時は、まず身なりをしっかり見よう。
そして顔をみる。それが正しい。
ただ、詐欺師はその事をよくわかっているので、衣で人を騙そうとする。
そう、詐欺師だけは見た目で判断してはいけないのである。