三内丸山と古代出雲 

三内丸山遺跡

三内丸山(さんないまるやま)遺跡というのがある。

縄文時代前期中頃から中期末葉の大規模集落跡で、あの巨大な6本柱が有名だ。

この発掘は縄文の姿を大きく変えた。農耕や集落の大きさなどが今までの縄文観をひっくり返したからだ。

三内丸山遺跡

この遺跡が機能していたのが1500年間というからそれも驚きである。

そんな三内丸山(さんないまるやま)遺跡の人々はいつしか姿を消した。

その理由は

1.気候が寒冷化し、海が遠くなり、針葉樹が増えたために食料が減少した
2.祭りや宗教など、これまでと違う新しい社会の仕組みになった

3.長い間、同じ土地で生活したために環境汚染や伝染病などが発生し、この場所では生活できなくなった

などが考えられているが、今のところ結論は出ていない。
あおもり今昔
http://www.city.aomori.aomori.jp/aomoriayumi/im026.html


梅棹氏の直感

三内丸山に関して、様々な学者がいろんな説を述べているが、梅棹氏の話が強く印象に残った。

梅棹 忠夫(うめさお ただお)氏は日本の生態学者、民族学者、情報学者、未来学者と肩書がある。

梅棹 忠夫

梅棹氏が三内丸山遺跡の6本柱をみて、「ああ、出雲大社と同じやな」と思ったとある。

出雲大社 撮影アートワークス

三内丸山

梅棹忠夫氏は、三内丸山遺跡の6本柱は神殿であり、この遺跡は全国の信者が集まる神殿都市であった、と説かれている(『梅棹忠夫著作集』第21巻)。

この話は有名らしく、私が知らなかっただけなのだが、「ああそうか!!」と思い、この文を書くことにした。


三内丸山と出雲

あの三内丸山の6本柱と、古代出雲の神殿。

同じだ。直感である。


巨木信仰は日本に根強く生きている信仰の一つである。

神社にある御神木などはその典型例だが、御神木になる一つの理由に高さがある。


縄文時代の信仰ははっきりわからないが、土偶などの装飾を見ればアニミズム(生物・無機物を問わないすべてのものの中に霊魂、もしくは霊が宿っているという考え方)がベースにあり、自然に対する畏敬の念もそれに含まれている。

神道はある程度日本が固まってから体系化されたので、縄文の信仰がそのまま続いているとはいい難いが、空に対する信仰は当然あっただろう。


古事記に出てくる天孫降臨の話もこの空信仰から来ているのは間違いない。

イザナギとイザナミの間に産まれた天鳥船神という神様はがいる。名前からして空もしくは鳥の神様である。

神社の鳥居もやはり鳥由来である。

鳥を信仰するのは日本だけではないが、日本にも強く残っているのは周知のことである。

神道やアニミズムは、仏教徒は違い人々を救ったりしない。祟り神として存在し、敬い信仰の対象はタブー化されていく。

古代出雲の神殿はまさにその象徴であり、高い神殿はタブーそのもので、その中空に建てられたのは、天鳥船の着陸場であり、神殿ではなく鳥かごではなかったのだろうか。

鳥の餌場

高い木の上には鳥が集い、巣を作ったりするのは現代も同じ、見慣れた風景である。

古代の三内丸山でも同じ風景が見えたに違いない。

もしあの巨大な柱の上に建築物があったのなら、それは鳥かごや鳥の餌場だったのではないだろうか。

様々な鳥が集う高い塔

それが日本の信仰の原点ではないだろうか。

それ故に、後世、神道の鳥居に変化していったとも考えられる。


縄文人はズーズー弁

梅棹氏が三内丸山遺跡の6本柱を「ああ、出雲大社と同じやな」と思ったとあるが、その証拠らしきものも実はある。

それは「ズーズー弁」である。

出雲地域をはじめ北陸地方、東北地方に分布する「ズーズー弁」(裏日本方言)と古代出雲の関連性はしばしば指摘される。ウィキペディア

ズーズー弁の分布

古代出雲説と関連し、古代においてズーズー弁は東北から日本海沿岸を伝い山陰まで分布しており、大和勢力の拡大に伴い、東山陰地方はズーズー弁要素が弱まり、出雲が取り残された形になった。上村幸雄(1975)『方言と標準語』筑摩書房

地図を見ても、まさに出雲は「ズーズー弁」の飛び地である。

これはどんな遺跡の発掘より、納得度の高い現象である。


直感の古代史観

学問の世界に不確かな直感などは不要と言われるかもしれないが、素人の私にすれば、直感だけが推理の手がかりになる。

以下は私の直感のみで書いた文章である。

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縄文の土偶で一番有名なのは遮光器土偶である。概略がウィキペディアにある。 遮光器土偶は主に東北地方から出土し、縄文時代晩期のものが多い。一方...

「縄文の女神」は子供をおんぶして完成する

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縄文時代なのに、現代的なスタイリッシュさに驚く土偶である。 発掘されたのは、山形県最上郡である。 地図で見ればわかるが、...

もちろん、この手の話には結論がない。

それは梅棹先生の直感も同じなのだが、これはいろんな科学的な理由付けをすっ飛ばして正解にたどり着ける「ワープ思考」といっても良い。

最近ふと思ったことがある。

人間の脳みその話である。人間の脳みそで大切なのは前頭葉で、脳の最高司令部ともいわれている。その中でも前頭葉前野という部分は記憶や学習と深く関連しているという。

この部分は脳全体の端っこにあり、面積もそれほど多くない。しかしとても重要なのである。

前頭葉

この事と日本の場所がリンクした。発想が飛んだのだ。

アジアという地域はとても広大なのだが、日本は端っこにある地域である。しかしアジアの中ではとても重要である(と思う)。

あれっ。これは脳みその仕組みと同じなのか。

日本はアジアという脳みその中の、前頭葉前野なんだ。

これは妄想であり、直感でもある。しかしそう考えるとアジアをざっくり理解できる。

私はカメラマンを職業としている。

カメラマンに理論は必要ない。必要なのは直感と反射神経だけだ(私だけか)。

これが正しいかどうかはわからないが、今までそれで大丈夫だったので、これからも信じたいと思う。

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