「皇国の興廃この一戦にあり」東郷ターンと丁字戦法

 

バルチック艦隊は約3万3千kmもの航海を経て東アジアへ到着しましたが、連合艦隊司令長官・東郷平八郎率いる日本海軍は対馬海峡で待ち伏せる作戦を立案し、「Z旗」(「皇国の興廃この一戦にあり」)を掲げて決戦に臨みました。

東郷平八郎は「丁字戦法」を採用することを決断しました。

艦隊の進路を大きく変える間、日本艦隊は一時的に敵に対して無防備になるリスクがありましたが、ロシア艦隊は長距離航海で疲弊しており、砲撃の精度が低かったのです。  

日本艦隊は旗艦「三笠」を先頭に、敵の正面で大きく回頭し、「東郷ターン」を成功させ、「丁字戦法」を完成させました。

旗艦「三笠」を中心にロシア艦隊の先頭を封じ込める形で砲撃を開始しました。

その結果、ロシアの旗艦は大破し、艦隊の統率が崩壊しました。 夜戦では、日本の駆逐艦・水雷艇が魚雷攻撃を実施し、バルチック艦隊はほぼ壊滅しました。

ロシアは戦艦11隻のうち8隻を失い、兵士の死者は5,000名以上、捕虜は約6,000名に及びました。一方、日本側の沈没艦は駆逐艦3隻のみで、主力艦の損害は軽微でした。

この圧倒的勝利によりロシアは講和を決断し、1905年9月のポーツマス条約締結により日露戦争は終結しました。

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