森のご神木は縄文の神社

神様の数え方は「はしら」という。

一柱(ひとはしら)、二柱(ふたはしら)と書く。

なぜ神は柱なのか。

先日NHKスペシャルで、古代史ミステリー 「御柱」 ~最後の“縄文王国”の謎~という番組を行なっていた。

最後の“縄文王国”の謎

最後の“縄文王国”の謎

長野県・諏訪は6年に一度の諏訪大社の「御柱祭」についての考察である。

大きな木に神が宿るというものであった。

確かに弥生時代は、森を切り開き水田を作ることで富を蓄積していた。

大木を神と考える縄文の人々には出来ない暮らしである。

番組は弥生と縄文の共存を説明して終わっている。

伊勢神宮の大木

伊勢神宮の大木

巨大な木は神が宿っているという気持ちは今の日本人にも通じるものであろう。

神社は森の中にあり、ご神木と言われるものがある。

ご神木のそばに神社

神社の境内の中にほとんどご神木はあるのだが、本当はご神木のそばに神社をたてたと思われる。

伊勢神宮

伊勢神宮

神社のご神体はない。

古神道の神奈備(かんなび)や皇室神道の神器(じんぎ)や古代からある神殿や神社神道の社(やしろ)や注連縄の飾られる場所やものなど、いわゆる御霊代(みたましろ)・依り代(よりしろ)といわれる神の宿る、降りる(鎮座する・隠れ住まう・居る)場所や物も神体という。

神が宿ったとされるものが神である。

いや、神の代わりだ。

その神は降りるものである。

どこから降りてくるかといえば、大木を伝って降りてくるのだ。


なぜ古代の人は大木を神の降りてくるものと考えたのだろうか。

その答えは神社にある。

紙垂

紙垂


紙垂(しで)である。

紙垂の解説では、「落雷があると稲が育ち豊作なので、紙垂は、雷光・稲妻をイメージし、邪悪なものを追い払う」とある。

「落雷があると稲が育ち豊作なので」とはもっともな解説だが、神と稲はそう短絡的にはつながらない。

NHKの番組でも「御柱」は、稲作を拒否し続けた縄文の神代とあった。

私もそう考える。


紙垂(しで)は雷なのである。

高い木には雷が落ちる。

雷


気象庁 雷の観測と統計
年間の雷日数が多いのは東北から北陸地方にかけての日本海沿岸の観測点で、もっとも多い金沢では42.4日となっています。これは、夏だけでなく冬も雷の発生数が多いことによるものです。

落雷害のうち約30%(282件)が8月に集中しています。また、発生地域の特徴を見ると、太平洋側で約60%、日本海側約40%が発生しています。
月別に見ると、4~10月は太平洋側で多く、11~3月は日本海側で多いことがわかります。

落雷になると日本では年平均約20人直接被害に遭い、被害者の約30%が死亡している。


高い木に落ちる雷は神である。

写真暗雲樹木落雷(稲妻)風景

写真暗雲樹木落雷(稲妻)風景


日本の記紀での雷様

雷は、古事記では「建御雷之男神(たけみかづちのおのかみ)」や「建御雷神(たけみかづちのかみ)」という神様になっている。

「出雲の国譲り」では建御雷が天鳥船(アメノトリフネ)とともに降臨する運びとなる。出雲の伊耶佐小浜(いざさのおはま)に降り立ったタケミカヅチは、十掬の剣(とつかのつるぎ)を波の上に逆さに突き立てて、なんとその切っ先の上に胡坐をかいて、大国主(オオクニヌシノカミ)に対して国譲りの談判をおこなった。
とある。

一見すると天孫の神々の味方のようだが、十掬の剣(とつかのつるぎ)を波の上に逆さに突き立てて、切っ先の上に胡坐をかいている。

100分de名著 古事記

100分de名著 古事記

まともではない。

よく考えると、建御雷之男神は十掬の剣の上に座らされたのでないか。

そして天孫族に脅されて大国主と交渉したともとれる。

建御雷之男神は元々は常陸の多氏(おおのうじ)が信仰していた鹿島の土着神(国つ神)で、海上交通の神として信仰されていた。

もともと天孫族と関係なかったのである。

しかし、大和の歴史に組み込まれてしまった。


御神木は縄文の神の印である。

日本に環状木柱列(かんじょうもくちゅうれつ)という不思議な遺跡がある。

真脇遺跡

真脇遺跡

真脇遺跡(まわきいせき)は、石川県鳳珠郡能登町字真脇にある縄文時代前期から晩期にいたる集落跡の遺跡である。

チカモリ遺跡

チカモリ遺跡

チカモリ遺跡(ちかもりいせき)は、石川県金沢市新保本町に所在する縄文時代後期から晩期の遺跡である。1987年2月23日に国の史跡に指定された。

 桜町遺跡の環状木柱列

桜町遺跡の環状木柱列

桜町遺跡の環状木柱列は祭祀場を意識されている 水場にリサイクル・放置された貫通穴のある木材をもとに復元された高床式住居が建つ

http://www5a.biglobe.ne.jp/~mt2000/sub29.html

現在の復元では綺麗な丸太を使っているが、縄文の人達はそのまま使っていたのではないだろうか。

環状木柱列

見張り台のために作ってはいない。

森を再現しているのだ。

森の大木に神は落ちてくるのだから。