比叡山への旅(1) 仁徳天皇陵

2020年8月、比叡山まで行くことにした。

マスコミははコロナ禍を盛んにあおっているが、私は私なりに、この病気を理解して自分なりの行動を起こしている。

マスコミの怖さ

この一連のコロナ禍の報道は、普通の感覚でいえば、やはり正確さに著しく欠け、あおっているとしか思えない部分が多い。

現在インターネット社会で、情報を得るメディアは格段に増えている。物事にはすべて多方面からの視点が必要で、何を信頼するかは個人にかかっていると思う。

太平洋戦争とマスメディア

私が浸っている歴史認識にしても、さまざまな説があるのだが、新しい事実が出てきても、教科書やマスコミに出る学説はそう簡単には変わっていないことに気づかされてきた。

今回の旅も、さまざまな説の中で、自分が一番納得できるものを探したいと思っている。

そしてそれは、現場に行き自分の目で見、その場所の雰囲気をしっかり味わった後に、考えたいと思うのだ。

これもまた偏見への入り口かもしれないが、こんな作業をずっと続ける事が、私のやり方なのである。

まあ、自分自身で行ける場所は限られているのだが、できるだけいろんな場所を訪れたいと思う。

という訳で、長年行きたかった場所へ行くことにしたのだ。

比叡山延暦寺

比叡山延暦寺とは、滋賀県大津市坂本本町にある日本天台宗の総本山である。

以前、高野山に行って以来、日本仏教のもう一つの雄、比叡山の事が気になってしょうがなかった。最澄の比叡山を見れば、高野山との比較ができるれば思い立つ。

高野山 根本大塔 撮影アートワークス

もちろんいろんな解説や写真がネットにも沢山あり、知識としては十分なのだが、現場に立ってみたい。そうすれば何か別の感覚が生まれるのではと思う。

これまで、とくに有名な仏寺以外、そこを訪れることはほとんどない。その理由は、仏教体系が完成されていて、いろんな宗派がありすぎる事にある。

仏教の思想は素晴らしく、その宗派の創始者の話は魅力的である。日蓮、法然、親鸞などは、もっと知らなくてはと思っている。

しかし、その創始者たちが始めた宗派の内容となるとあまり興味がないのである。

いろんな宗派が生まれてきた背景には、その時代の歴史認識がある。そこに興味がわくのである。

なので、思想史としての仏教には、文学的な興味があるのだが、歴史となると、どうしても後回しにしてしまってきた。

やはりそれは私の好みだろうと思う。

私が仏寺よりも神社が好きなのは、神道そのものの不思議さである。

神社を巡ると、立派な神社も多いが、朽ち果てた社や祠などだけで、よくこの時代まで存続していたなというものが多い。

しかしそこに、民衆の信仰への気持ちの強さが読み取れると思うのだ。

仏教の堕落

仏寺は国家から保護されていて、キリスト教の侵略に対抗した寺請制度という民衆管理システムを任されてきた経緯があり、強制的に日本人は近くの仏寺と関係を持たされてしまった。

そこには、地域住民の宗派を選ぶ自由はなかったのである。

そのせいで仏寺は、神道とくらべ、国からの補助や与えられた権限が多くあり、金銭的にも裕福だった。その裕福さが、逆に仏寺をダメにしてしまったのだ。

こう書くと、仏教関係者をすべて敵に回しそうだが、私の体験からどうしても、そう思ってしまうのだ。

昔、仏寺からの依頼で、結婚式のスナップ撮影を頼まれたことがあった。

結婚式自体は厳粛なものだったが、その披露宴で、多くの坊さんが酒を飲み、カラオケで演歌などをうたっているのを見た時、坊主に幻滅したのである。

また、広い敷地を持つ仏寺は、保育園や幼稚園を率先して作り、多くのお寺が、その境内を駐車場に作り替えているところが多い。

その経済活動を責める事は出来ないが、あまりにも俗なのだ。

さらに、葬式代の高さや、バカ高い戒名の値段や布施の強要、どれ一つとっても尊敬できないのである。

歴史的に見ても、荘園を守っていた僧兵から始まり、天皇になろうとした道鏡など、政権に深くかかわり、今回行く比叡山も、織田信長からその増長さをにくまれ、焼き討ちになっている。

仏教を疎んじた廃仏毀釈は江戸時代から時々起きていて、一番強烈なのは明治政府の政策だろう。

国の宗教なのに、これだけ強く排除が行われたのは、権力から与えられた寺請制度という特権に安住した仏教界の腐敗に対する民衆の反発が大きかったからだ。

首のない地蔵

我が家は真言宗である。そして近所のお寺の檀家である。

そのお寺が代替わりして、その息子が代を継いだ。そして風情ある寺の庭をコンクリートで固め、新規に大きなお寺に建て替えてしまったのだ。

信心心のある母親は盲信的に巨額の寄付金を払ったり、毎月命日にバイクに乗ってやって来る坊主に対してお布施を出すのだが、私は、毎月やって来る坊主が、急いで各家を回るためだろうが、玄関で脱ぎ散らした靴や、わずかな時間の読経に、私は強く反発している。

なので、私の代ではその寺との付き合いを断ちたいと思うのである。

やはり人なのである。

仏寺が近代化して、建て替えるのは構わないが、信者をないがしろにする姿勢が見えてしまっては、信仰が台無しになるのだ。

しかし、仏教そのものは興味がある。

なので、家の仏壇に祀っている弘法大師は大好きでもある。

その超人的な歩みは不思議で、また真言密教も映画や本で物語になっていて興味がつきない。真言宗より、その創始者「空海」に強く惹かれるのだ。

そんな私だが、高野山にも行き、そして今回比叡山に登ろうとしている。

知識も大切だが、やはりその地で感じるものを大切にしたいと常に思っていからである。

安いけど、使い勝手が悪いLCC(Low Cost Carrier)

私は西の果て長崎に住んでいるので、滋賀県の比叡山へ行くには、少々手間がかかる。

私は時間をかけて旅をするのが苦手で、一番早く目的地につける方法をいつも選ぶ。

奈良に後輩が住んでいるので、そこを旅の宿として行動することにした。

長崎からはピーチという格安飛行機の便が関空まであるので、それを選択。

ピーチ

だが、いかんせん便が一本しかない。

昼過ぎ、長崎出発で関西空港につくのは夕方4時過ぎなのだ。帰りも正午の出発なので、行き帰りは行動が限定されてしまう。

ANAだといろんな時間帯があるのだが、料金が5倍以上高い。となれば、ピーチしか選択肢がなかった。

百舌鳥駅

関空

長崎を出発して、夕方関空に着き、大阪天王寺で乗り換えて奈良まで行くのだが、後輩は仕事中なので、あんまり早い時間に行けない。それならばと、百舌鳥に寄ってからと考えた。

今回は電車を利用しての旅なのだが、その目的地が、急行や特急で停車するのか普通でないと止まらないのかがわからず戸惑う。

電車の移動は初めてではない。

一応、大学生活とカメラマン修業時代を含める10年ほど東京で暮らしていた。しかし、若い頃の話なのですっかりその感覚を忘れてしまっていた。

なので今回の旅もまた、グーグルのお世話になってしまった。グーグルの路線案内は的確で正しい。

百舌鳥(もず)駅は普通列車しか止まらないので乗り換えでやっと到着する。

百舌鳥駅

百舌鳥とは、鳥の名前である。

モズはスズメ目モズ科モズ属に属する鳥で、日本だけでなく東アジア各地に広く分布している。昆虫、トカゲ、カエルなどを捕り、木の枝に刺す“モズのはやにえ”などでも知られるように、古くから身近な鳥であった。

そして、色々な鳥の鳴きまねができることから、「百の舌を持つ鳥」という意味で「百舌鳥」という漢字があてられたという。

「百舌鳥」という地名は古く、「日本書紀」の仁徳天皇のところで、同天皇が「百舌鳥野に幸して遊猟したまふ」とある。そもそもこの地名は、仁徳天皇陵の工事が始まった際に、野原から鹿が走り出て来て造営中の人の中で倒れて死に、その耳からモズが飛び去ったことから、「百舌鳥耳原」と呼ばれるようになったという。
https://www.njg.co.jp/column/morioka-2491/

そして、意味ありげな地名にあるのが「百舌鳥古市古墳群」である。

小さな駅の近くに仁徳天皇陵があるらしい。

ここに着いたのが夕方6時くらいで、後1時間もすれば日が落ちてしまう。

速足で案内通り歩いたのだが、何せ広すぎて全体像がつかめない。

最も墳丘に近づけるのは正面の拝所なので、まずそこへ行く。

仁徳天皇陵

仁徳天皇陵 拝所

私は仁徳天皇陵といつも書くが、場所が大仙なので大仙陵古墳とも呼ぶ。

この古墳の特徴は、日本最大の前方後円墳で、作られたのは5世紀前期から中期だという事は確定している。

仁徳天皇は応神天皇の子である。人家の竈(かまど)から炊煙が立ち上っていないことに気づいて3年間租税を免除した事で有名だ。

大仙公円案内図

この古代の遺跡にはあふれんばかりの謎がある。

一番興味があるのは、前方後円墳という形である。

なぜあの鍵穴みたいな形をしているのか、いろんな学説がある。

円墳と方墳が結合したから

主墳と陪塚が結合して前方後円墳になった

壺形土器の形や盾の形を模倣した

灌漑作業で余った土を盛り上げて古墳にした・・

まだまだ沢山ある。

私は壺形土器の形かなと思ってるのだが自信はあまりない。

そして、未だに考えているのが、前方後円墳に方角はあるのかという疑問だ。

仁徳天皇陵

拝所には大きな見本図があって、陪冢(ばいちょう)といわれる大古墳の近くに存在する小さな古墳があるのだが、その並び方がバラバラなのだ。

それ以外にも大小の古墳の向きが乱雑ともいえる。

これはどう考えても不自然である。

あの前方後円が矢印のように見えるので、周りに古墳を作るとしても方向が一定の方が整然として美しいはずである。

しかし、実際は向きがバラバラなのだ。

仁徳天皇陵

もし前方後円墳がお墓だったら、方角が大切だったりするのが普通なのだが、なぜバラバラなんだろうと今でも考えている。

仁徳天皇陵 お堀

ただ現在だから航空写真でみて、乱雑だと思うのであって、古代は当然空からの視点がない。

現在の地図を見てみれば、街道沿いに横向きで作られているようでもある。

実際古墳の周りを歩いてみれば、空から見た不ぞろいさは一切感じないのだ。

形も円墳なのか前方後円墳なのかもわからないのだ。

孫大夫山古墳

ただ、上石津ミサンザイ古墳(履中天皇陵)は、観光用のビューポイントがあったので、円墳にしっかり見えた。

上石津ミサンザイ古墳(履中天皇陵)

残念だったが、この場所で日が落ちてしまった。

まあ、この謎は後でゆっくり考えることにする。

さて、奈良まで行かなければならない。

前方後円墳の不思議さを考えながら百舌鳥(もず)駅に戻ることにした。


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コメント

  1. やーすけ より:

    いつも楽しく読ませていただいております。今回も比叡山という事で、楽しみです。さて老婆心ながら、関西に行かれるなら、スカイマークの長崎〜神戸便が便利です。最安値片道¥4600で、1日3便あります。今後も頑張ってくださいませ。

  2. artworks より:

    コメントありがとうございます。スカイマークですか。新しい情報ありがとうございます。計画している四国の旅の際に参考にさせていただきます。

  3. やーすけ より:

    私自身は神戸出身ですが、5年前に縁があって波佐見に家を建てました。今は半月毎に神戸と長崎を往復していますので重宝しています。
    四国各所へは、神戸空港からレンタカーを借りるか、三ノ宮に出ると、バスが各地に出ています。88カ所考察も楽しみにしています。

  4. Jiwan より:

    いつも楽しく拝読しております。
    現在は東京在住ですが子供の頃浦上(坂本)の山王神社の剣道場に通っておりまして、神社の由緒を思い出しました。
    島原の乱の後、松平伊豆守が長崎に来た際、坂本から白巖山(穴弘法山)と金比羅山を見た景色が、近江の坂本から比叡山を見た景色に似ているので、山王日枝神社を勧進するよう長崎代官に提案したとか。
    私は近江坂本には行ったことがありませんが、そのような景色でしたでしょうか?

  5. artworks より:

    コメントありがとうございます。その話は知りませんでした。長崎にはそんな話がたくさん残っており、その当時の長崎に様々な地域の人が来たことの証なのでしょう。
    比叡山と琵琶湖の取り合わせは、確かに金毘羅山と長崎港と似ていないこともないのでしょう。昔の長崎港は埋め立ても少なく、琵琶湖みたいな形をしていたのかもと想像しました。そう思えば納得しました。

  6. Jiwan より:

    ご返信ありがとうございます。
    たしかに当時の長崎港の様子は琵琶湖畔に似ていそうですね。想像がつきます。
    神功皇后のナントカ石みたいな史跡も付近にありましたし、浦上街道の方も昔から結構往来があったようですね。
    ありがとうございました。