薩摩藩 日本制覇の野望か? 王直の鉄砲伝来

鉄砲伝来の話しは、有名で「種子島」という地名を知らない人はないだろう。

鉄砲伝来

小学校の社会科の教科書にも必ず出てくる事件である。

http://takatanaoki.com/2015/07/%E6%96%B0%E3%81%97%E3%81%84%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E6%95%99%E7%A7%91%E6%9B%B8%EF%BC%88%E6%89%BF%E5%89%8D%EF%BC%89/

葉巻のけむり 新しい歴史教科書(承前)

1543(天文12)年、シャム(現在のタイ)からポルトガル人を乗せた中国船が、暴風雨にあって種子島(鹿児島県)に漂着した。

彼らは日本に来た最初のヨーロッパ人だった。領主の種子島氏はポルトガル商人から鉄砲2挺を高額で買い取り、刀鍛冶に研究を命じた。

今までの教科書では、”たまたま”船が遭難して”偶然”に鉄砲が日本に入ってきた。

そんなニュアンスで常に書かれている。

このあたりが引っかかるのだ。

鉄砲が日本の戦闘を大きく変えたのは史実である。

この鉄砲がなければ、織田信長はあそこまで快進撃はなかった。

『鉄炮記』というのがある。鉄砲伝来に関わる歴史書である。

種子島への鉄砲伝来 『鉄炮記』によれば、種子島への鉄炮伝来は天文12年8月25日(1543年9月23日)の出来事で、大隅国は種子島の西村の小浦に漂着した中国船に乗っていた五峯と名乗る明の儒生が織部丞と筆談で通訳を行う。

鹿児島県/鉄炮記

鹿児島県/鉄炮記

同乗していた南蛮種の賈胡(「牟良叔舎」(フランシスコ)、「喜利志多佗孟太」(キリシタダモッタ))の2人が、鉄炮の実演を行い種子島の島主・種子島時堯がそのうち2挺を購入し、刀鍛冶の八板金兵衛らに命じて複製を研究させた。

種子島時尭

種子島時尭

この本の中にでてくる「五峯と名乗る明の儒生」は、倭寇の大将、五峯王直だとされている。

五峯王直

(平戸市の五峯王直像

http://www.pict-history.com/archive/series05/20-wanchi.htm)  

ちょっと待って欲しい。

なんか出来すぎていないだろうか。

たまたま「種子島の西村の小浦に漂着した中国船」にポルトガル人が鉄砲を持っている。

頼まれてもいないのに「実射」をして見せた。

種子島の島主・種子島時堯が莫大な金額で買い取った。

ついでに火薬の調合法を家臣の篠川小四郎に学ばせた。

そしてすぐ複製を造らせた。

良く出来すぎてる話である。

記録によると「好奇心旺盛な数え年16歳の時堯は、この時鉄炮の威力を見て2挺を購入」とある。

まだ子供である。

その子供が2丁で2千両の金を動かせるはずがない。

藩が動いていたのは確実だ。  

千両箱

千両箱

結論から言えば、倭寇五峯王直が薩摩藩に銃を売りつけたのである。

それはなぜだろうか。

倭寇達の資料に倭寇が描かれており、その絵の中の倭寇は銃を持っている。

つまり倭寇は当時、最新式の軍事装備をしていたと考えられている。

そして銃の威力は誰よりも知っているのである。

倭寇図巻

(銃を持っている倭寇)

https://www.hi.u-tokyo.ac.jp/conference-seminar/science/ez01.html 倭寇図巻は,16世紀の倭寇の風俗を描いた絵画資料で,明代末期頃に作成されたものと推測されている。

五峯王直は日本びいきである。

1540年には日本の五島に来住し、1542年に松浦隆信に招かれて平戸に移った。

そして1553年に烈港が再び明軍によって攻撃されると王直は活動拠点を五島や平戸に移したとされている。

五島・福江市に「明人堂」というお堂が残っている。

明人堂全景

明人堂全景

王直らが航海の安全を願って建てたものらしい。

五島の福江や平戸には王直の屋敷の跡が残されている。  

王直は日本の事情はよくわかっていたはずである。

なぜ薩摩に銃を売りつけたのだろうか。

1540年といえば戦国時代である。

薩摩藩に九州制覇いや日本制覇の野望はなかったのだろうか。

金儲けのためだけなら、王直は色んな売り手を知っているはずである。

薩摩藩に目を付けたのは、薩摩藩の野望を見抜いての商談だったはずだ。  

日本最強の組織、薩摩

島津義弘

「鬼石曼子(グイシーマンズ)」の呼ばれた島津家

慶長3年(1598年)9月からの泗川の戦いでは、董一元率いる明・朝鮮の大軍(島津報告20万人、『宣祖実録』十月十二日条 中路明軍26800人及び朝鮮軍2215人の計29015人)を7,000人の寡兵で打ち破り、島津家文書『征韓録』では敵兵38,717人を討ち取った記載がある。徳川家康もこの戦果を「前代未聞の大勝利」と評した。ウィキペディア

結局、幕府を倒し明治維新を成し遂げる事に成功した。

恐るべしシーマンズ

鬼石曼子

鬼石曼子

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