義理と人情は神と仏

八幡様と稲荷神社が日本中にある理由というのを調べ始めていた。

日本古来の神道に入り込んだ外来の神たち。

その謎を調べるためである。


皆さん方にも興味がある方が多いと見えて、ネットに色んなページがあった。

ただ、いろんなページで、いろんな順位と数が書かれていた。

みなさん、自分で日本中を歩いて調べたわけじゃないだろうから、どこかに出典があるはずなのだが、正確に書かれているページは少なかった。

数字を書くのなら、その根拠も共に載せてほしい。


しかし皆さん嘘を書いているわけではなく、神社の数え方なんだろうと思う。

神社の大小もあるし、名称もそうだろう。

さてどれを信用して良いのかわからないので、羅列する。

宇佐神宮 八幡様

第1位 八幡信仰 7817社。第2位 伊勢信仰 4451社。第3位 天神信仰 3953社。第4位 稲荷信仰 2924社

なんでも日本一を調べるブログ
http://xn--n8jyc2a5d4f.com/shinto-shrine-153

全国で菅原道真公をお祀りしている神社は、約12,000社あると言われています。

全国天満宮梅風会のホームページ
http://www.domyojitenmangu.com/baifukai/

日本で一番多い神社とは、稲荷神社である。
主祭神として2970社、境内社・合祀など全ての分祀社を数えても3万2千社を数え、個人宅や会社にあるものを加えると数えきれないほどである。

一人寺社巡り同好会「柳影倶楽部」
https://www.facebook.com/ryueiclub/posts/164559557027045


「八幡神社」だということがわかった。その数は全国に4809もある。広島県福山市に65、石川県金沢市に62など全国各地にある。
2位は稲荷神社の2652。以下、3位熊野神社(2132)、4位神明社(1931)

東洋経済オンライン
http://toyokeizai.net/articles/-/110031


ものの本によると約19,800社で稲荷神社だそうです。
個人や企業の宅地内の小社まで含めると約40,000社にも上ると言われているそうです。次いで八幡社が14,800社、天神社が10,300社、諏訪神社はその次で5,700社だそうです。

出典「知っておきたい日本の神様」武光 満


八幡宮 約44,000社。稲荷神社は、2970社(主祭神として)、32000社(境内社・合祀など全ての分祀社)。山野や路地の小祠まで入れると稲荷神を祀る社はさらに膨大な数にのぼる。
ウィキペディア


こんだけバラバラだと、言い切るのが難しいので多数決で決める事とする。

祐徳稲荷神社


ネットの数字の中で、一番多かったと思うのが「八幡宮」である。

その次は「稲荷神社」だ。

「天神様」もいい所をいってるのだが、各ページの数のばらつきが多い。

伊勢神宮


伊勢神社も数が多そうであるが、神社の呼び名が違ったりするので、数がまちまちである。「伊勢信仰」という切り口で数を数えると、稲荷神社を抜いて第2位となるようだ。


日本古来の天照大神を主祭神とする神社は、神明神社(しんめいじんじゃ)と呼ばれる。

神明社(しんめいしゃ)、皇大神社(こうたいじんじゃ)、天祖神社(てんそじんじゃ)などともいい、通称として「お伊勢さん」と呼ばれることが多い。

神社本庁によると日本全国に約5千社あるとされているが、一説には約1万8,000社ともいう。

岡田荘司らによれば、祭神で全国の神社を分類すれば、伊勢信仰に分類される神社は、全国2位(4425社)であるという。ウィキペディア

自治の八幡神社

第1位の八幡宮(八幡神社、八幡社、八幡さまとも言う)は、当然八幡神(やはたのかみ、はちまんしん)を祀っている。

由来は、外国から来た神様である。

豊前国風土記によれば「昔、新羅国の神、自ら度り到来して、此の河原〔香春〕に住むり」とある。

もとは八幡神は北九州の豪族国造宇佐氏の氏神として、宇佐神宮に祀られていたのだが、色々あって大和朝廷の守護神となった。

格は天照大神の次に位置する。

八幡神は神様なのだが、早くから神仏習合となり「八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)」とも呼ばれている。

天照大神が皇室、つまり公家の神様なら、八幡神は武家の神様である。

具体的に言うと、源氏、平家の守護神としての位置を築いている。

これにより、武家のあるところ八幡神は存在することになった。

これが、神社の数が一番多い理由である。


拡張の稲荷神社

次に多いとされるのは稲荷神社だ。

この神様も、日本古来の神様ではない。

元々は京都一帯の豪族・秦氏の氏神だった。

しかしこれもまた色々あって、本来日本神話に記載される穀物・食物の神を主な祭神としている。

しかし、その守備範囲は広く食物神・農業神・殖産興業神・商業神・屋敷神と拡張されていった神様でもある。

祐徳稲荷神社


神仏習合思想において、仏教における荼枳尼天とごっちゃになり、また日本人が神聖視する狐が稲荷神の使いに位置付けられた。

江戸時代に入って稲荷が商売の神と公認され、人気絶頂となる。

江戸の町の至る所で見かけられるものとして「伊勢屋、稲荷に、犬の糞」の話は面白い。

田舎では、農業の神であり、都会では商売の神でもある。

つまり、庶民の神様として日本中に広がっているのだから、小さなお稲荷さんを含めると、八幡神社より多いと推測される。

八幡神社、稲荷神社が多いのは、古来より来日してきた帰化人たちの勢力を示していると思っていた。

しかし神社のあまりの多さに、こちらの思惑通りの分析は無理だとわかった。

古代は、帰化人の勢力図としての神社が存在していたの思うのだが

いつの事からかは不明だが、日本中に広がっていったのだ。

まさにエントロピー増大の法則のとおり、秩序から無秩序へという方向に進んでいったのだ。

なぜだろうか。


日本にとっての神社

現在、全国の神社数は、ほぼ8万社という数字がある。

昔は現在ほど人口は多くないので、半分かそれ以上とする。

そうすると、現在のコンビニの数は約5万件位なのでほぼ同数だ。

コンビニと神社を一緒にするのは申し訳ないが

それだけの数が全国に散らばっているということは、昔の日本人にとって

とても大きな意味があると思う。


神社は、日本人の集団の数だけある。

農民、商人は稲荷神社

武士は八幡神社

漁師は金比羅神社

公家は伊勢神社

もちろんこれ以外にも、色んな組み合わせがある。


村の神社といえば八幡様が多い。

しかし、その祭神はあんまり意味はなくなっていたのだろう。

もちろん最初は、とても大きな意味があったと思うが

時代が進んでいき、村単位の結束が必要になった時

祭神よりも神社そのものが、村の中心になっていったのだ。


神社の神事は村の共同作業である。

毎年同じ時期に行われる村祭りは、村の団結力と故郷愛をはぐくむ。


漁民は金比羅神社に、そして武家は八幡神社に、正義のよりどころを求め

団結を強くする。


まさに八百万神(やおよろずのかみ)の元

日本人は神社という仕組みでまとまっていったのだ。

そしてその頂点は、天照の神となる。


日本は一神教

日本は多神教といわれている。

八百万神(やおよろずのかみ)の神様がいる国である。

しかし、偶像崇拝をしない神道は

結局のところ、その祭る神の像はない。

恵比寿などの七福神の像や絵は多いが、神殿に鎮座している事はない。


その土地の、その岩、その森、その山

すべて抽象概念の信仰で、神社はその抽象概念の具現化された場所である。


神様が大切なのではない。

その神社がある場所が大切で神聖なものなのだ。


それは、その村やその地域への愛情になる。

日本中にある神社は、その郷土愛ネットワークのポイントになっていく。


稲荷系、八幡系、伊勢系など、特殊な変化をすることもなく、各地域と共に足並みをそろえている。

いわいゆ、今のネットワークシステムのようなWEB的つながりを古代から持っていたとも言えるだろう。

矢上神社

くもの巣(WEB)の拠点としての神社

日本人の集団性の原点は、各村の神社が基盤になっているといえるだろう。

善悪の基準は神社にある。

父母兄弟友達恋人。

愛すべき人たちも、神社を中心に存在している村にいる。

名前も知らない神様がいる神社にあるのだ。

こういう風に考えれば、昔誰かが言った「日本教」が

たった一つの日本人の根本宗教だといえる。

たとえば旧日本軍の強さはその集団行動の巧みさにあるといわれている。

それは体力ではなく精神性にある。

その精神性は、父母を守りたいという肉親愛と、郷土を守りたいという郷土愛が混じったものだと思われる。

天皇陛下万歳と叫んで敵戦艦に突っ込んでいく若者たちでも

心の中では「おかあさん」と叫んでいたという。

どの国の人間でもそうかもしれない。

しかし、日本のようにいたるところに神社がある国では

その強さは大きいのではないかと感じるのだ。


仏教をなぜ取り込んだのか。

仏教はすばらしい宗教である。

日本が仏教を取り込んだ経緯は皆さんのほうがよく知っているだろう。

日本人にしてみれば、神社で十分なはずだった。

確かに、日本の権力者の思惑は強かったと思うし新しい政治の仕組みを日本に持ち込みたかった意図はよくわかる。

さらに光り輝く仏像は新しい文化の象徴として魅力的であったと思う。

しかし、日本人には「神」で間に合っていたはずだった。

それでも人々は仏を支持した。

その理由は仏教が神道にないものを持っていたからだ。

神道が持っていないものとは、死に対する救いだった。

神道では「死」は穢れだった。

つまり

仏教は「死」に救いをもたらしたのだ。

人々は仏教を取り入れる事により、より完全な心のよりどころを作り上げたのだ。

日本人にとって、神も仏も同じライン上にある。

神仏習合という、他国では考えられない形態を生み出したのが

何よりの証拠である。


祝い事はすべて神社でやり、葬式だけは仏教という形態も

日本人の心情に沿ったものだからだ。

義理と人情

日本人には義理と人情があるといわれている。

日本人の原点とも呼べる感情である。


義理とは物事の正しい筋道、人として守るべき正しい道である。

これは村の神社で培われた倫理観だ。

生活の中にある神社の存在は、倫理の象徴だった。

偶像のない神道は、空間に神性を拡散させた。


「おてんとう様がいつも見ている」という概念である。

それが、陰日なたのない倫理観になった。

偶像を持たない神道の力でもある。


人情とは慈悲である。

もちろん仏教の根本理念だ。

唐獅子牡丹


「義理と人情を秤にかけりゃ、義理が重たい男の世界」

ご存知「健さん」の映画のせりふだ。

この映画はゲバ棒とヘルメットの「大学紛争」の時期で

任侠シリーズはその当時はやったものだ。

健さんが最後に殴りこみに行くシーンがあると

映画館で「待ってました!」という掛け声がかかったという。

この映画の主題歌「唐獅子牡丹」に、「幼馴染の観音様」という言葉がある。

そして「背中で泣いてる唐獅子牡丹」の唐獅子は、獅子(ライオン)であり、神社の狛犬でもある。

唐獅子(神社)は正義であり、観音様(寺)は慈悲の象徴ともいえる。

日本人には宗教感覚が少ないといわれている。

現代の人は無宗教ともいわれている。

しかし、日本独自の宗教観は「義理と人情」にこそ、あったのだ。

この調和こそ、日本人が持っている

世界に冠する「宗教観」だと言えないだろうか。

義理と人情は、中国における「儒教」の教義から出ているという学説がある。

確かに義理とは、「儒教」の仁義のなかの言葉だ。

他人に対して欠かせない礼儀上の務めの意味である。

そして正統やくざの任侠のなかの一つである。

これもまた、中国の言葉なのだが、日本のやくざが使う意味とはだいぶ変質している。


日本フィルター

儒教の中にある「神道」という言葉が、日本の自然宗教を総称する「神道」の元になったらしい。

神道とは森羅万象を神々の体現として享受する「惟神の道(かんながらのみち、神と共にあるの意)」であるといわれる。ウィキペディア

「神教」ではなく「神道」という言葉の使い方に、すべてが表されている。

「神道」は共に進む「道」であり、「仏教」は仏の「教え」なのだ。


中国発祥の儒教は、仏教より早く伝わってきたといわれている。

王仁(わに)が『論語』を持って渡来したという伝承が『古事記』などにある。

概ね5世紀頃の話である。


古くから伝わっている儒教なのだが、日本には根付かなかった。

それ以前の「道教」も根付かなかったといえるだろう。

しかし、その中にある日本人に都合のいい部分だけは、しっかり取り入れている。

「日本フィルター」が効率よく働いている証だ。

中国大陸などの文化は、日本にたくさん伝わってきたのに、日本側はそれをそのまま受け入れるのではなく

「日本フィルター」を通して、日本にあうものだけを取り込み、加工し続けている。

外来の思想はまだ染み込み易かったが、制度はほとんど根付かなかった。

中国、朝鮮で加熱している、受験地獄の「科挙」

奴隷制度、宦官、律令制度も結局根付かなかったと思う。


この事はとても大切だと思う。

表題の「義理と人情は神と仏」とは、ややキャッチを意識した言葉だけど

庶民と呼ばれる日本人の感覚なのだ。

神は父、仏は母

この感覚が一番しっとりする。

一人合点だが

なにかあった時「義理と人情」が頭をよぎる人は

日本教がしみこんだ日本人だと密かに思うのだ。

私も爺になりかけなので、若干愚痴も出る。

若いやつらにゃ、義理がどういうものかわかっちゃいない

仁義を欠いちゃ居られやしねえぜ

(後で気づいたのだが、港のヨーコ、横浜、横須賀の歌詞にあった)

「義理と人情を秤にかけりゃ、義理が重たい男の世界」

そうつぶやいて、暗い路地を一人歩く男たち。

それがジャパニーズだ。

「待ってました!」という掛け声はないが、

愛すべき、父、母、故郷、妻、子供の安否を仏に託し

自虐的なほど我慢する。


こりゃ、かっこつけすぎだな-。

失礼・・。

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