高天原の謎(3) 女神
日本の最高神は天照大御神という女神である。
なぜ日本では女神が最高神なのかという点は、一つの謎となっている。
世界神話と比較してみると、最高神は男性であることが多い。
ギリシア神話:ゼウス(天空神)
北欧神話:オーディン(戦と知恵の神)
インド神話:インドラ、ヴィシュヌ、シヴァ
メソポタミア神話:エンリル、マルドゥク
さらに、他世界では太陽が男性神、月が女性神という構図も一般的である。
ギリシア神話では最高神はゼウスで、アポロンが太陽神、アルテミスが月の女神である。
ゼウスの武器は雷霆(らいてい)と呼ばれる稲妻である。
北欧神話の主神オーディンが持つ最も有名な武器は、グングニル(Gungnir)という名の槍である。
西洋の最高神は、力が重要視されているのだ。
ところが、天照大御神は特殊な武器を持たない。
三種の神器という宝を持っていたが、天孫降臨の際に孫の瓊瓊杵尊に渡してしまう。
ここが、世界と大きく異なる点である。
しかし、世界と異なる点といえば、日本国の地理的条件がある。
日本は島国で農業国である。国内の内乱はあったが、他国からの侵略はなかった。
つまり、強力な武力は必要なかったと考えてもいい。
となれば国内の内需拡大が主要命題だった。
そのため最高指導者には、生産を司る神が必要だった。
つまり太陽神である。
さらに子孫を増やすには女性であることが望ましい。
だから女性が最高神だったのだ。
これが一つの結論である。
しかし、他の説もある。
「持統天皇・神話改竄説」というものがある。
『古事記』や『日本書紀』といった日本の主要な神話は、7世紀後半から8世紀初頭にかけての天武朝・持統朝時代に編纂された。
この時代は、壬申の乱を制して即位した天武天皇が律令制度を整備し、天皇を中心とした中央集権国家を確立しようとしていた時期である。
天武天皇とその皇后である持統天皇は、自らの血統の正当性と天皇の神聖な権威を確立する必要があった。
そこで、天照大御神(太陽神)の子孫である瓊瓊杵尊が天から降りて葦原中国(日本の国土)を治めるという天孫降臨神話が、天皇が神の子孫であり、日本を統治する正当な権威を持つことを示す物語として編纂されたと考えられている。
なぜ天孫降臨は「孫」だったのかという話もある。
天武天皇(父)と持統天皇(母)の子、草壁皇子は28歳という若さで病死し、その子である文武天皇が皇位を継いだ。
つまり持統天皇の孫が天皇になったという事実が、神話の「天照の孫である瓊瓊杵尊が高天原から地上に降りた」という話に関係しているというのだ。
また、最高神が女性という設定も持統天皇の時代に由来するという説がある。
記紀の物語は天皇家に忖度して編集されたという見方が存在する。
なので天皇忖度説は、なるほどと思わせる説である。
この説は歴史学において広く支持され、高い信憑性があると考えられている。
ただ、どこまで忖度されたのかは不明である。
高天原の話も天皇家に忖度して書かれたのかというのも、学界で有力視される説の一つである。
日本の最初の女帝は推古(すいこ)天皇である。
この天皇は冠位十二階や十七条憲法の制定、遣隋使の派遣などを行っている。
となれば、女帝が日本国の礎を築いたと考えてもよいのかもしれない。
推古天皇、持統天皇ともに女帝であり、この事が、天照を女性に設定した理由なのかもしれないと思う。
もう一つ忘れていけないのが、邪馬台国の女王、卑弥呼の話である。
記紀の中には、邪馬台国のことを匂わせる内容はない。
まあ、考えてみれば、邪馬台国の存在は、3世紀(西暦201年〜300年)の中頃の話。
『古事記』(712年)『日本書紀』(720年)に完成している。ともに奈良時代である。
400から500年も時代が空いている。
大和朝廷は、主に3世紀後半から4世紀にかけて成立したとされている。
だが初期の大和朝廷の設立に関しては、記紀でしか知る事ができない。
この時間差は大きいだろう。
しかし、記紀の神武東征は、九州宮崎から出発したと書いている。
何らかの繋がりがあると勘繰るのも当然なのである。
私は繋がりがあると考えている。
それはまた別の機会に述べたい。
今回の、なぜ日本の最高神は女性なのかということに関しての推論は、日本の立地条件と記紀が大和建国のために書かれたという事で、ある程度は納得できたと思う。






