高天原の謎(4) 月読

 

月読命(つくよみのみこと)という神様がいる。

伊弉諾尊が黄泉国から戻った際に禊を行った時に生まれた三貴子(天照大御神・月読命・須佐之男命)の一柱である。

天照が太陽神、須佐之男が海や嵐の神とされるのに対し、月読は「月の神」「夜の統治者」として描かれる。

『日本書紀』第五段 本文。「次に月神を生む。其の光華(ひかり)は日の神に亜(つ)ぐ。亦以(もっ)て日と配して天に治(しろしめ)すべし。」

古事記においても、イザナギがツクヨミに「夜之食国(よるのおすくに)を知らせ(治めよ)」と命じる記述がある。

そして、古事記ではほとんど活躍の場がなく、月を司ること以外は性格が語られていない。

男性神と言われているが、特に記紀での記述はない。

『日本書紀』では、月読命が食物神である保食神(うけもちのかみ)を訪れた際、そのもてなしに怒り、「剣を抜いて殺した」と記されています。神が帯刀する行為は、一般的に男性的な神格の描写として解釈されることが多いです。

という事で、刀を持っていたので男性ということで収まっている。

記紀の神話が、大和政権の天皇家に忖度して編集されているという視点で、今回は考えているのだが、月読の命は、どんな役割があったのだろうか。

 

天照と持統天皇

天照のモデルとされている持統天皇だが、父である天智天皇には多くの妃がいたため、持統天皇には多数の異母兄弟がいた。

同母姉弟には大田皇女(おおたのひめみこ)建皇子(たけるのみこ)。

異母兄弟は大友皇子(おおとものみこ/後の弘文天皇)、阿閉皇女(あへのひめみこ/後の元明天皇)、志貴皇子(しきのみこ)光仁天皇の父。

この他にも、天智天皇には多くの皇子・皇女がいたとある。

推理の一つとして、これらの血縁の中に、月読はいたのかもしれないという事になる。

持統天皇は、律令体制確立期に「天照大神」を皇祖神として伊勢神宮に祀り、自らの正統性を強調している。

しかし月読に関して、皇族内に「月読」系統を名乗ったり、自分を月読に重ねたりした例は見当たらない。

となれば、もっと違う比喩があるのだろう。

持統天皇

 

月読を祀る神社は日本各地に存在するが、特に主要とされる神社は以下の通りだ。

1. 伊勢神宮
月讀宮(つきよみのみや):皇大神宮(内宮)の別宮。天照大御神の弟神である月読命を祀ります。

月夜見宮(つきよみのみや):豊受大神宮(外宮)の別宮。こちらも月読命を祀る神社です。

2. 月讀神社(長崎県壱岐市)
長崎県の壱岐島に鎮座する月讀神社は、全国の月読神社の総本宮ともいわれています。『日本書紀』にもその記述が見られる、歴史ある神社です。古くから海運の守り神として信仰されてきました。

3. 月読神社(京都府京都市)
京都市西京区に鎮座する月読神社は、松尾大社の境外摂社(けいがいせっしゃ)です。長崎県の壱岐島にある月讀神社から分霊されたと伝えられています。安産にご利益があることで知られ、多くの信仰を集めています。

4. 月山神社(山形県)
山形県の出羽三山(月山・羽黒山・湯殿山)の一つ、月山の山頂に鎮座する神社です。月読命を御祭神とし、山岳信仰の対象として古くから崇敬されてきました。

これらの神社は、それぞれ異なる歴史や由緒を持ちながら、月の神である月読命を祀り、人々の信仰を集めています。

 

伊勢神宮と京都の神社は理解できる。

長崎県壱岐にある神社と、山形県の月山が難解である。

長崎県壱岐といえば魏志倭人伝に出てくる一支国の場所だ。福岡県に近く、朝鮮半島にも近い。

福岡県には宗像神社があり、宗像三女神が祀られている。

宗像三女神は天照とスサノウの誓約(うけい)によって生まれた姫で、海を守る神である。

となれば、長崎県壱岐の月讀神社は、天皇家と何か絡んでいる可能性はある。

月山神社(山形県)

月山神社は、山形県の出羽三山(羽黒山・月山・湯殿山)の中心として、独特の深い信仰を集めてきました。その信仰は、単なる神社参拝を超えた、「死と再生」の象徴的な巡礼に根ざしています。

出羽三山信仰の「生まれかわりの旅」
出羽三山は、それぞれ異なる世界観を象徴しているとされています。

羽黒山:「現在」を表す山。現世での幸せを祈る場所とされます。

月山:「過去」を表す山。霊峰として、死者の魂が鎮まる場所、「あの世」と見なされています。

湯殿山:「未来」を表す山。新たな生への「再生」を願う場所です。

この三山を巡ることは、俗世(羽黒山)で生を終え、死後の世界(月山)を経て、再び生まれ変わる(湯殿山)という、「生まれかわりの旅」を意味します。

 

生まれ変わりといえば、転生輪廻で仏教の話だ。

月読命と阿弥陀如来の習合

月山神社の御祭神である月読命は、『古事記』において「夜の食国(よるのおすくに)」を司る神とされ、夜=死後の世界と結びつけられました。さらに、神仏習合の時代には、死者の世界を司る仏である阿弥陀如来と同一視されるようになりました。そのため、月山は「阿弥陀浄土」とも呼ばれ、祖先の霊が安らかに眠る場所として信仰されています。

大和は仏教が国に入ってから、意外と早く神仏習合が行われてきた。

なので月山神社は、後年月読命と関係づけられたのではないだろうか。

しかしながら、それ以上はわからない。

もう少し、ツキヨミに関して深堀してみる。

神話では、食べ物の神が殺されるのだが、記紀で記述が違う。

『古事記』の場合:スサノオが食物の神であるオオゲツヒメ(大気都比売神)を殺害します。

『日本書紀』の場合:ツクヨミが食物の神であるウケモチノカミ(保食神)を殺害します。

ただし、殺害された神の体から五穀や家畜が生まれるという内容は共通している。

これをどう解釈していいのだろうか。

この話は多くの研究者が「比喩的・象徴的」だと考えている。

「死から生命が生まれる」農耕神話
穀物の神が殺され、その身体から食物が芽生えるのは、「生命を得るには犠牲が伴う」「自然界の循環(死→再生)」を示す典型的なモチーフです。世界各地の穀物神話(デメテルとペルセポネー、コーンマザー神話など)にも類似が見られます。

「食物の起源」神話
なぜ人間が食べ物を得られるようになったのか、その起源を説明する物語として理解できます。神の身体から食物が生じることで、人間は神聖な恵みを受けて生きている、という観念を表現しています。

「穢れと神聖」の対立
月読命・須佐之男命が「汚い」として殺す場面は、食物供給に伴う生々しさ(屠殺・排泄・発酵など)への畏怖や、清浄観念の反映と見る説があります。神聖なものが一方で穢れとされる二面性を描いているのです。

つまりこの神話は、
「食べ物(命の源)は犠牲・死から生まれる」「清浄と不浄の境界にある食物」という2つのテーマを象徴的に語っている、と読めます。

確かに哲学的というか、自然を古代人が、懸命に理解しようとした結果なのかもしれない。

一つ気になるのが北米先住民(ホピ・チェロキーなど)のコーン・マザーという神話である。

コーンの母セリュが自分の身体からトウモロコシを与える。夫や子供に殺され、その遺体からコーンが芽生える。典型的な「食物神殺害神話」である。

日本の神話とそっくりだ。

北米先住民はモンゴロイド系である。

北米先住民と縄文人は「シベリア~東アジアの古代人」を共通の祖先とする遠い親戚と言われいてる。

しかし、この話を無理にこじつけても、科学的な説明はできない。

ユングが提唱した「集団的無意識(collective unconscious)」を持ち出すしかないかもしれない。

神話は、無荒唐無稽な話が多いが、その中には自然の仕組みなどを理解しようとした痕跡だと言える。

なぜ人は、植物や動物の生命を奪い、食料にするのか。

その、ひとつの解釈として、スサノウもツキヨミ誕生したのかもしれない。

仏教では

「この世に生まれた以上、他の命をいただかなければ生きられない。しかし、それを当然視せず、奪った命への感謝と慈悲を持って、可能な限り苦しみを減らすこと」

であり

神道では

人は神々(自然)の恵みによって生かされ、動植物の命をいただいている。そのことを忘れず、まず神に感謝・奉告し、穢れを祓って清らかに生きることが大切。

とされている。

古事記が編集された時代には、仏教は日本に根付きつつあったが、仏教的な考えよりも、神道的な考えが記紀には流れていると思える。

ツキヨミとスサノウは、自然界の意図なものの説明に誕生したと考えてもいいのではないか。

太陽が輝く豊穣の世界の対立する、夜の月の世界のツキヨミ。嵐や自然災害としてのスサノウ。

この三貴神は、まず日本の自然を説明するために誕生したのだろう。

そして、高天原はそういった、自然界の真理を説明している世界だとも読み取れた。

古事記の神話は、天皇家の意向に忖度している部分もあると思われるが、全てがそうではないことは明白だとも言える。

ツキヨミという神様は、そんな哲学的な存在であったと、推測したい。

 

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