韓国の女性のほとんどが整形手術をしているという。
その理由として、韓国社会は子供の頃から容姿や外見で評価されることが多いからと、いろんな方が書いているが、なぜそうなのかという理由を書いていない。
外見至上主義だから言われても、どこか納得できなかった。
整形美容の多い国
韓国だけが外見を気にするわけではない。どこの国でもある。
それなら、韓国が整形人数がトップかといえばそうではない。
世界で最も美容整形が多く行われている国1位 アメリカ
2位 ブラジル
3位 日本
4位 イタリア
5位 メキシコ国際美容外科学会(ISAPS)の2016年の調査
統計で見れば、韓国は入っていない。そして日本が3位である。
えーっ
日本も整形がすごいのかと思った。
この数字は事実なのだが、少しカラクリがある。
整形美容には非外科的施術と外科的整形手術がある。
文字の意味の通り、外科的整形手術とは切開をともなう手術の事で、日本での美容医療施術数は、外科的施術が約28万件に対し、非外科的施術は約1630万件と圧倒的に多いのが実情(出典:日本美容外科学会「第1回全国美容医療実態調査」)との事。
鼻を少しだけ高くする、小顔にしたいなどプチ整形と呼ばれる範疇であれば、ボトックス注射やヒアルロン酸注入などの非外科的施術で可能ということも大きな理由
美容医療はあり?なし?アンケートから見えた美への意識の変化
https://www.wwdjapan.com/articles/917614 フォーカス
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なるほど。
日本では、体にメスを入れない手術は敬遠されているが、しわ伸ばしやまぶたを二重にするなどの手術が圧倒的に多いとある。
日本で1位の脱毛(31万件)も整形美容だそうで、2位はボトックス注射(21万件)で、プチ整形と言われる類のものだ。
脱毛は見た目にわからなく、夏場の水着や腋毛の処理の事だが、日本の脱毛史では平安時代からあったという。
腕、脚、ワキなどの毛を「ムダ毛」と呼ぶことでもわかるとおり、女性の身だしなみの一つであった。
このムダ毛の処理が美容整形の範囲で、日本でダントツに多いというのはわかるような気がする。
そして、上位の国を見れば、個人主義の国が多いと感じる。
どんな個所を整形美容で処理するかといえば、アメリカは豊胸手術や脂肪吸引だそうで、日本を除きほとんどの国がそうだという。
楽天的で前向き、男女の付き合いが多い国では、やはり自分の魅力アップがメインだ。
3位の日本だけ、やや内向きな美容整形である。脱毛が美容整形だと、こうなるのだろう。
そして今回の韓国整形事情だが、やはり人口にカラクリがあった。
日本は1億2千万、韓国は5千万人である。
人口比でみれば、韓国がトップで1000人中約20人が美容整形をしているという。
ここでやっと納得する。
これは、韓流タレントや歌手を見ればよくわかる。
確かに美男美女が多いのだが、みんな同じような顔に見えてしまう。
ミスコンで一位の歴代優勝者がみんな同じ顔をしているというツイッターを見て、感心したことがある。
ただ、すべてが顔を劇的に変える手術ではなく、重まぶたへの整形や、まぶたを引き上げたり脂肪を取ったりする形成術がほぼ半分を占めるという。
そして、20代の女性の60%以上が、整形をしたことがあると答えたという。
確かに、美容整形の関心度は格段に高い。
そして、問題の核心である「なぜ美容整形をするのか」を追求したい。
美容整形の目的は、美しくなりたい、もしくは自分の好みの姿になりたいという事は、世界中一致している。
もちろんそれ以外の欲求もある。
芸能関係の仕事に就きたいので、見栄えよくしたいという事も、その中の一つである。
ここで韓国の整形事情を語ると、この実利的な考えが特徴的であるという事がわかる。
韓国の整形手術に対して、いろんなHPで書かれている通り、「312人中34%の人事担当者が、たとえ経歴が仕事に向かなくても、顔を基準に採用を決めたと答えている。」という。
だから、人事担当者に気に入られるように、整形美容をしたという事になる。
まあ、日本でもあるような話だが、韓国の様に極端ではない。
そして、韓国の場合は罪悪感がない。
そこが特別なのである。
「1970~1980年代に急速に産業化し、貧しい国から世界トップレベルの経済規模を持ったインパクトが韓国人にとって非常に大きいと指摘し、変化と改良は良いものという考えが、整形で良い仕事、良い伴侶が得られ、未来はより明るくなるという思考につながっていると見ている。」ファッションエディターのHaesoon Jung氏
「整形で良い仕事、良い伴侶が得られ」とストレートに批評している。
日本人なら、この事についてどう考えるだろうか。
ここが、とても重要なところだと思った。
世界の整形事情
世界一位のアメリカはアジアと大きく違っており、定番の整形手術は豊胸手術や脂肪吸引である。
さすがは巨乳至上主義の国だ。
2位のブラジルも同じ、体の整形が一番だという。
これらを知れば、人種によって大きく感覚が違う事がわかる。
そして、経済的に豊かな国ほど、整形が多い事がわかる。
当然だろう。
さらにアジア人の顔コンプレックスと、西洋人の理想主義が見事に見て取れる。
しかしアジア人と言っても、日本人と韓国人は、その根底にあるものが違うようだ。
韓国の場合
見た目の美しさは「幸せになるための武器」という考えはわからないわけではない。
日本人もそう考えているからこそ、利口な女性は身だしなみを大切にする。
しかし、韓国の場合は、かなり直接的である。
「整形で良い仕事、良い伴侶が得られ」というベースの社会が現実に韓国にあるのだ。
韓国は財閥支配で、それも四大財閥はすべて家族企業で、創業者一族が所有・経営している。
まるで戦前の日本のようである。
そして、殿様企業の仲間になる事が、幸せの第一歩で、その為の美容整形という事になるのだ。
わかるけど、日本人からすれば納得いかないと思う。
こんな時は歴史に答えがある場合がある。
朝鮮半島の歴史は、大国から翻弄され、属国として生き抜いた歴史がある。
国の中ではなく、中国王朝が親分として1000年以上存在していたのだ。
ここに解決の糸口があると思う。
中国と韓国 貢女の歴史
古代の朝鮮半島は群雄割拠していたが、589年、隋が中国を統一し、この時代から中国の影響をもろ受けるようになる。
時代が進み、新羅、高句麗、百済は唐から冊封を受ける。
まあ、もっと昔から攻められてはいたのだが、まとまった国となった高麗あたりがわかりやすい。
現在の民族意識の確立は13世紀頃とみられ、モンゴルに支配された13世紀に入り『三国史記』の編纂や民族の啓発や統合が活発となり、13世紀後半に、現在の民族としての自己独自性の熟成と遺伝子的な一致がほぼ完成されたとみられる。 ウィキペディア
貢女(コンニョ)とは一般に女性を朝貢品の1つとして献上することである。
5世紀に高句麗・新羅から中国の北魏に送ったという記録があるが、朝鮮半島から貢女の献上が最も盛んに行われたのは高麗後期から李氏朝鮮時代にかけてだった。
記録に残っているのは
結婚都監を置き、140名の貢女を行った。
貢女確保のために国中の婚姻が禁止された。
寡婦處女推考別監という役所を設け組織的に対応していた。
という事で、これらは高麗史に書かれているので事実である。
結婚都監とは貢女を選別するため設けられたのが結婚都監で、結婚都監によって選ばれた女性たちはわずか絹12匹(絹の単位で1匹=約9.4m)の化粧代で元へと売られていったという。
高麗王朝は生き延びるため、過酷な政策を始める。
第25代忠烈王は国中の無断婚姻を禁じた。良い家柄の娘たちは、まず官に報告してから嫁がせるよう命令を下している。
その後もこのような禁婚令を時おり下して処女の確保を図ったらしい。
こう書けば女性の地位が低かったと思われがちだが、儒教の李氏朝鮮と比べると、結構高かった。
夫と死別すればいつでも再婚が可能であり遺産を相続する時も息子と娘の区別がなく、親の葬儀費用も共同で負担したほどだった。また夫に殴られた妻が官憲に告発し、逮捕された夫がむち打ちの刑を受けた事もあった。ウィキペディア
高麗の民も喜んで元に「貢女(処女)」を差しだたわけではない。
貢女は主に13歳から16歳までの娘を対象にしたため、禁婚令が下される前にあらかじめ婚姻させるべく、10歳になると婚姻を急ぐ早婚の風習が生まれた。
また、髪を切って僧になったり、切羽詰ったあまり自ら命を絶つこともあったという。
民衆はこうやって、娘を捕られていくことに抵抗していたのだ。
奇皇后(きこうごう)
高麗時代で有名な「貢女」に奇皇后(きこうごう)がいる。
高麗貢女として元廷に献上された女性である。食膳の給仕などをしていたが、次第に順帝の寵愛を得ていた。謀反事件があり、順帝の皇后は殺され、新たにバヤン・クトゥクが皇后に、奇氏は次皇后となった。正皇后が死去したことにより、次皇后の奇氏は正皇后に昇格する。
高麗貢女が皇后になったのである。
元が分裂し、奇皇后の息子が北元の昭宗となる。
こうなると、奇皇后の一族が高麗で威張り散らかすようになり、一族が民を搾取した。
反元の志を抱いて高麗王に即位した恭愍王はこれを快く思わず、1356年に奇氏一門を誅殺した。これを恨んだ奇后は恭愍王の廃位を順帝に働きかけ、皇太子にも「祖父の仇を取れ」と吹き込んでいた。ウィキペディア
元は次の中国王朝の明に滅ぼされ、奇皇后はいつどこで死んだのかもわかっていない。
この奇皇后のやりたい放題で、北元の結束は弱くなり、元が滅びるのを早めたという学者もいる。
李氏朝鮮
高麗の次は李氏朝鮮である。
李氏朝鮮は武将李成桂が謀反をおこし、自ら高麗王になり、明の皇帝から「朝鮮」という国の名前を下賜されたものである。
元からの「貢女」要請はなくなったが、今度は明がおこなった。
中国本土の使臣によって私的に連れて行ったケースを含めると、朝鮮半島から献上された貢女は数えきれないほどの数にのぼると言われている。
李氏朝鮮王の太宗8年には、処女30人が選抜されたが、中国の使臣は「美しい女がいない」として罰しようとし、娘たちも指名を避けるため、障害があるかのように装い、太宗は「処女を隠した者、針灸を施した者、髪を切ったり薬を塗ったりした者など、選抜から免れようとした者」を罰する号令を下した。
韓国で英雄視される世宗も「国内の利害のみならず、外国にも関係することなので、ただ(中国皇帝の)令に従うのみ」と述べ、世宗の時代に最も貢いだ女性の数が多かった。
中国から貢女を選抜する使臣が1~2か月かかる貢女を選び出す期間は半島全土に婚姻禁止令が朝鮮王から下された。13~25歳の未婚の女性が選抜対象で娘を持つ民は恐怖に震えた。ウィキペディア
日本は幸いながら、過去他国に占領されたこともなく、中国に対しても子分関係ではなかった。(形の上では子分みたいな外交をしていたこともある)
結局、日本が朝鮮を併合するまで、1000年以上も、元、明、清への「貢女」は続いていたのだ。
貢女の歴史が、現在の韓国に与えた影響とは何だろうか。
大国の属国となり、無理難題を投げかけられても、跪きいう事を聞くことしかできなかった過去。
それでも中国を恨まないのは、親と子の関係だからだろうか。
「貢女」を要求してきた中国王朝と、その要求をすべて受け入れてきた、高麗、朝鮮王朝の関係は、憎しみだけではなく、中国王朝に媚を売ることで、いい目にあった朝鮮王族や役人も多かったのだろう。
中国と韓国は、お互いの駄目な部分をさらけ出して付き合っており、そしてそれは共生や寄生といった、生物学的な関係まで行ったのではないかと思う。
日本人を中国や韓国が憎しみの対象にするのは、そんなずぶずぶの関係を客観的に見ることができるのは日本だけだからである。
わいろも取らない、ずるい事はしないといった、実直な日本人は、自分たちの仲間でないからである。
ここが反日の原点なのだ。
しかし、歴史を直視しない韓国人でも、どうすれば生き残れるかは知っている。
「貢女」は美人ばかりである。
「貢女」となり、中国王朝に連れていかれ、悲惨な目にあった女性が大半だったと思うが、「奇皇后」の例もある。
美人にはワンチャンスがある。
つまり玉の輿思考だ。
男性社会の中で、女性が光るのは、知性や性格ではなく、顔なのだ。
色んなホームページに書かれているが、312人中34%の人事担当者が、たとえ経歴が仕事に向かなくても、顔を基準に採用を決めたと答えている。
いまの韓国は財閥中心の社会と言われている。
昔のような中国王朝の子分ではないが、国の中に4つの国があるようなものである。
そんな社会の中で、コネも金もない女性は、まず会社の面接に通らなければならないのだ。
となれば整形美容が一番手っ取り早い。
この考えに至る事は韓国人女性にとって、至極自然な事なのである。
神のいない国
世界中で、経済成長を遂げ、生活に余裕のある女性たちが、美容整形を受けている。
アメリカや南米、ヨーロッパは、豊胸手術や脂肪吸引での体形をなおし、日本では、脱毛やしわ伸ばし、目元パッチリにして、韓国では社会に出るために顔そのものを治す。
程度の差はあれ、みんな美容整形で自分の満足を得ようとしているのだ。
これは悪い事なのかと、再び悩む。
自分のコンプレックスに向き合い、体にメスを入れることを非難などできない。
そしてその疑問は、男性に質問を突きつける。
「どんな女性が好きですか」と。
それでも一つ思うのは、顔を大幅に変える事は、自分の人生を否定してしまう事になるという事である。
自分の顔と、自分の両親、祖父母の顔のとこ化が似ている事は、その一族の歴史である。
顔を全面的にいじれないのは、その歴史に敬意を表しているからである。
しかしそれは日本人だけの気持ちかもしれない。
美しさは武器。そう言い切るのは、男性社会の中で生き残っていいポジションを取るために進んでやる事。
そこには躊躇いはない。
なるほど、それは了解しよう。
駄目な男たちに対抗できるには、それがベストの選択だろう。
私はカメラマンである。
東京でグラビアのアシスタントをしていた時期が何年かある。
その時に強く思ったのは、若くないと価値が下がるという事である。
どんなに美人でも、年齢が行けば美女の金銭的価値はどんどん下がっていく。
顔が勝負のモデルでも、若さには勝てないのだ。
どんなに整形して美人になったからと言っても、次から次へと若い美女が出てくる。
これが現実である。
顔だけでは長い人生戦えないのだ。
美人は三日で飽きる。ぶすは三日で慣れる。
駄目な男たちの結論である。
自分自身のコンプレックスを解消したり、気になるところを変えたりすることに異議はない。
しかし美しさを求めるだけの整形は心配でもある。
花は枯れるからこそ美しい。
そして年齢が、美しさから若さを奪っていくのだ。
これは神の摂理である。
ふと考えた。
共産党も韓国の儒教にも神はいない。
それに比べ、八百万の神が日本にはいる。
分かり合えることは難しそうである。