ノアの方舟と天孫降臨

世界各地に洪水伝説がある。

一番有名なものは、ノアの方舟である。

ノアの方舟

旧約聖書の『創世記』(6章-9章)に登場する、大洪水にまつわる、ノアの方舟物語

それ以外にも、シュメルの洪水神話、ギルガメシュ叙事詩、等がある。

世界的な大洪水があったと述べる科学者もいるが、周期的な自然災害か氷河が溶けた当初の記憶という意見が多数を締めている。

日本の場合

それでは日本はどうだろうか。

古事記や日本書紀を調べても、ノアの洪水のような大規模な洪水の話はない。

ただ、解釈しだいでは洪水や津波の存在を読み解く事が出来る。

しかし、ノアの方舟のようなドラマチックな物語はない。

同じアジアの地域には、洪水伝説が多くある。

なぜ、日本の神話にはノアの方舟のような言い伝えがないのだろうか。

アジアの洪水伝説

アジアにも程度の差はあれこそ、洪水伝説はある。

中国
『史記』巻1、『山海経』海内経、『書経』等の経籍は、夏王朝成立の頃に伝説的な洪水があったことを記す。

朝鮮
むかし、巨大な桂と天女の間で木道令(木の若旦那)が生まれた。ある日、大洪水が起きて木道令は倒れた桂の上で漂流した。

台湾・中国南部
台湾原住民のタイヤル族、サイシャット族、ツォウ族、ブヌン族、ルカイ族、パイワン族、アミ族、パゼッヘ族などの神話では、異なる洪水伝説が記録されている。


いずれも洪水はあったが、世界規模というものではなかったようだ。

日本はどうかというと、もともと災害のデパートのような日本である。

水害の話はあって当然である。

いや、べつになくてもいいのだが、世界にあって日本にないこと事態が、私にとって謎だった。


日本の災害

古代日本には下記のデータのような災害があったらしい。

しかし、文字を持っていない時代である。地質の調査で判明したデータだ。

22000年前頃 現鹿児島湾(錦江湾)北部で噴火。姶良カルデラが形成。
噴火が続いた後、現桜島の北側で大爆発を起こし、薩摩・大隅両半島と霧島山周辺の広範囲に火砕流をもたらす。火山灰は1万km離れた場所にも降下。
(日本被害地震総覧)

縄文時代(新石器時代)

■5500年前頃 舞鶴付近で地震。液状化。(志高遺跡)
■5000年前頃 火山噴火と地震か。(中島ノ下遺跡)(第一東海自動車道遺跡群)
■3000年前頃 琵琶湖周辺で大地震。湖岸の一部が水没か。(北仰西海道遺跡)(津田江湖底遺跡)
■3000年前頃 箱根神山が爆発崩壊し、堆積物により芦ノ湖が生成される。(日本火山総覧)
■2千数百年前頃 近畿地方で地震か。(石田遺跡)

弥生時代

■B.C.100年頃 近畿地方で大地震。(北白川廃寺遺跡)(湯ノ部遺跡)(正言寺遺跡)(針江浜遺跡)(津田江湖底遺跡)(原川遺跡)
■B.C.100年頃 東海地方で地震か。(原川遺跡)
■0年頃 近畿から西日本にかけて地震か。(下内膳遺跡)
■西暦100年代頃 西日本で地震か。(黒谷川宮ノ前遺跡)(黒谷川郡頭遺跡)東海地方で地震か。(鶴松遺跡)
■200年代末 南海大地震か。(志紀遺跡)(黒谷川宮ノ前遺跡)(下田遺跡)

年表!日本災害・天変地異史1
http://blogs.yahoo.co.jp/kawakatu_1205/54151934.html

わが九州でも欽明十四年(553)この年、阿蘇山噴火(日本火山総覧)阿蘇溶岩流宇土、山口まで流れ出す。火山弾本州まで飛来・・とある。

現代でも、短い期間に地震、津波が起っているのは、皆さんご存知である。

記憶に新しい東日本大震災の惨状を思い出せば、大洪水(津波)は確実にあったはずである。

それなのになぜ、古事記や日本書紀に、ノアの方舟規模の災害の記述がないのだろうか。

縄文の人々

1万年以上も続いた縄文時代の人たちの心にも、日本の自然災害は大きな影響を及ぼしていると考える。

たぶん1万年の間、壊滅状態になるほどの被害も1度や2度ではなかったはずである。

しかし、生き延びてきた。

地震や火山の噴火、津波は防ぎようもない天変地異である。

なので逃げるだけである。

ここが、他の世界の古代文明とまったく違うところだ。

そして、この事が、古代人の人間性や死生観、大きく言えば思想におおきな影響を与えた事は間違いないだろう。

しかし、なぜ日本の神話にはこの事にあまり触れていないのだろうか。


確かに神話に比ゆは多い。

ヤマタノオロチにしても大災害を比ゆ的に表現しているといわれている。

海幸彦、山幸彦の潮が満ちた話もそうだろう。もちろん読み方しだいでは色んな解釈が出来る。


しかし、一番最初の国つくりの場面では、何もなかった所から神話はスタートしている。

なぜなんだろう。

日本神話

日本神話の国つくりがある。

「いざなぎ」と「いざなみ」が力を合わせて国を作る話である。

高天原の神々に命ぜられ、海に漂っていた脂のような国土を固めるべく、天の浮き橋から矛で海をかき回し、出来上がったオノコロジマにてイザナミと結婚した。ウィキペディア

「海に漂っていた脂のような国土を固めるべく」という話だが、これは大災害が起きた後の話ではないだろうか。

つまり、様々な災害があった後、その上に大和は国を作ったという話にしたかったのだ。

それもまた、大きな比ゆなのだろう。

過去、倭族と呼ばれていた倭人達の国があった。大乱がありその後、邪馬台国という国でまとまった。

その後空白の4世紀がある。

そして大和の国が誕生した。

新しい国には新しい神話が必要だった。過去の邪馬台国などの倭族の国の話は、なかった事にしたのだ。

だから、国つくりの神話は「海に漂っていた脂のような国土」から

スタートしなければならなかった。


それともう一つ、大和を作った人々の祖先には、台湾・中国南部・東南アジアの人々がいた。

古事記にその事がしっかり盛り込まれている。


それが「いざなぎ」と「いざなみ」である。


大洪水の話は記紀には載っていないが、大洪水神話は中国の西南地方に住む苗族、彝族、ヤオ族などをはじめ、中国南部から東南アジア、太平洋にまで見られる。

そしてその神話とは

兄妹だけが大洪水から生き残り、樹木や山など高い物の周りを回ったあとに近親婚をして子供をもうけるものの、最初の子供は肉塊や動物であり、天や神から正しい交わり方を教えられて初めて人間の子供ができる。

である。

驚く事に、この話は大和古事記の国つくり神話とそっくりだ。

国造り

古事記の「いざなぎ」と「いざなみ」は、その名前のつくりから明らかに兄妹である。

そして、最初に生まれた子は水蛭子(ひるこ)だった。

これはただの偶然ではない。

大和誕生のキーワードがここにあったのだ。日本神話に、洪水や邪馬台国が出てこないのは、

大和が倭国を封じ込めて誕生した結果である。


大和は倭国と決別をするために、あの神話を作った。


「海に漂っていた脂のような国土」に「いざなぎ」と「いざなみ」の兄妹は国を生んでいった。

高天原の神々

旧約聖書「創世記」には、神は地上に増えた人々の堕落(墜落)を見て、これを洪水で滅ぼすと「神と共に歩んだ正しい人」であったノア(当時500~600歳)に告げ、ノアに箱舟の建設を命じた。ウィキペディア

とある。

天孫降臨では、「天照大神は地上の国は自分の子供の天之忍穂耳命が治めるべき国である」となっている。

つまり、神の子孫が日本を治めると書かれている。

ここが、聖書と記紀との違いである。いや、西洋と日本との違いだろう。

一神教のキリスト教では、神は唯一の存在である。なので神とともに歩む人たちが地上を治める。

日本は多神教である。故に人間に関心のある天孫族が地上を治めるという事になる。

これが世界でも稀な万世一系の天皇制を生むことになるのだ。

そして、Y遺伝子が受け継がれる男系天皇が天皇になり得るという、奇跡のしきたりを作り上げた。

ノアの方舟と類似点がある。

天孫降臨では、最初、天之忍穂耳命を地上に送る。しかし天之忍穂耳命は地上は騒がしくて手に負えませんと言って帰って来てしまう。

天之忍穂耳命の弟の天菩比神(あめのほひのかみ)が派遣されたが大国主神の家来になってしまい戻って来なかった。

今度は天若日子(あめのわかひこ)が派遣されたが、結局彼も戻らない。

最後に建御雷之男神と経津主神が地上に降り、大国主神に国譲りを承知させた。

こんな顛末である。

一方、創世記のノアの方舟の話では

方舟がアララト山の上に留まった40日のあと、ノアは鴉を放ったが、とまるところがなく帰ってきた。

さらに鳩を放したが、同じように戻ってきた。

7日後、もう一度鳩を放すと、鳩はオリーブの葉をくわえて船に戻ってきた。

さらに7日たって鳩を放すと、鳩はもう戻ってこなかった。

ノアは水が引いたことを知り、家族と動物たちと共に方舟を出た。

地上に出るまでのくだりなのだが、そっくりという理由ではないが似ている。

ドラマで言えば、この何度もやってみて遂に目的を成し遂げたシーンなので、ためてためてっていう事だと思うのだが、やはり展開が似ているのが気になる。

おそらく、日本神話の作家は、異国の神の物語を知り、意図的に寄せ気味に作ったと思う。

アダム・イブとイザナギ・イザナミ

楽園追放と黄泉の国の件

イエス・キリストの聖杯と三種の神器

ノアが降り立ったのは水浸しなったアララト山頂で、瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)が降り立ったのは、葦原(葦がたくさん生えている湿地帯)の高千穗峯(たかちほのみね)

こうやって類似点を書き出せば、そっくりではないが、思っているより似ている内容である。

それは、東方のエッジにある国日本に、様々な人達が集まっていたという事の証でもある。

日本の古代にも実際、洪水や津波はあっただろう。

しかし、日本人は、それらを悪を流し去るための神の力として捉えるのではなく、自然の営みとして捉える心を持つことで、生き続けてきている。

なので、西洋のノアの方舟のような話は根付かなかった。

私はそう解釈している。

2019.3.15改題と加筆

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