神生みのイザナギとイザナミ 女神が誘うと駄目だった理由

日本の国土創世は、イザナミ、イザナギによって作られたと書いている。
 
イザナギとイザナミの二神が天の橋に立ち、矛で混沌をかき混ぜて島を造った。
 

国生み

 
そして、矛から滴り落ちたものが積もって淤能碁呂島(おのごろじま)となり、そこに「天の御柱」と「八尋殿(やひろどの)」を建てる。
 
つまり、新婚夫婦の新居である。
 
そこで、神様を生むことになる。
 
「あなたの身体はどのようにできているか」とお尋ねになると、「私の身体にはどんどん出来上がったけど、足りない処(女陰のこと)が1箇所ある」とお答えになった。
 
「私の身体にはどんどん出来上がって余っている処(男根)が1箇所ある。そこで、この私の成長して余った処であなたの成長して足りない処を刺して塞いで国土を生みたいと思う。生むのはどうか。」と仰せになった。
 
「それは善いことでしょう」と答え、「それならば、私とあなたとで、この天の御柱の周りを巡って出逢い、みとのまぐわいをしよう。」とお答えになった。
 
これが、イザナギ、イザナミの有名な会話である。
 
なんとまあ、初々しい事か。
 
ここまでは、古事記も、日本書紀も大体同じである。
 
ところが、日本書紀には「セキレイ」という鳥が登場する。
 

セキレイ

 
原文「時有鶺鴒飛来揺其首尾。二神見而学之。即得交道」
 
イザナギは、イザナミの女陰に男根を挿入したのだが、これから先がわからなかった。
 
すると、そこに鶺鴒(セキレイ)がやって来て、尻尾を上下に振って見せた。「お!そうすればいいのか!」と行為のやり方を理解し、そして無事に交合した。
 
説明すると、セキレイは尾羽を地面に何度も打ち付ける動作をする。
 
イザナギは、それを見て、「ああ、そうか。ピストン運動をすればいいんだ」と理解して、腰をふり、無事に射精できたのである。
 
まあ、腰を振り・・以降は、私が勝手に書いたのだが、なんともリアルな話である。男子の初体験小説そのままだ。
 
さて、なぜこんな話を書いたのかというと、謎な点があり、それが気になったからである。

謎の神生み

二人の最初の子供は、蛭子とアワシマという、奇形の子供だった。
 
その理由が、女性である伊邪那美のほうから誘ったためとある。
 
なぜ、女性が先に誘ったら、不具が生まれたのだろうか。
 
普通に考えれば、男尊女卑をベースにしたもので、はしたない女性のふるまいを非難したのかと思う。
 
これは、現代なら非難ごうごうだろうが、その当時の話だからしょうがない。
 
自然の摂理に沿って考えてみる。
 
生物に性ができたのは、種の多様性と、外圧に適応していくためと言われている。
 
雌雄の区別がない単細胞生物は38億年前に誕生した。しかし、この辺りから、雌雄分化への歩みは始まっていたと考えられている。
 
そして、卵から胎生へ進化して、子宮が完成した時点で、オスが性器を勃起させて挿入するという、仕組みが出来上がった。
 
しかし、メスには発情期があり、その時点で挿入させ、射精させないと子孫は誕生しない。
 
つまり、生殖は女性主導なのだ。
 
しかし、記紀では、女性が誘ったから駄目だったとある。なぜだろう。
 
奇形児や未熟児の誕生は、セックスの方法とは関係ないことがわかっている。
 
となれば、女性から誘っても問題ないのである。
 
神道では、女性の月経の血は穢れとしている。
 
深読みすれば、月経時のセックスは穢れなので、むやみにセックスしてはいけないという事なのかと思う。ただ、現実には、月経時の女性には生理痛や頭痛が起こり、発情することは少ないと言われている。
 
また、記紀が書かれた時期には、仏教が日本に根付いていた。
 
仏教の女性蔑視は、神道よりも強烈である。
 
「女人五障(にょにんごしょう)」・・女性は修行しても仏になれない。
「三従(さんしょう)」の教え・・女性は親、夫、子に従うべきだとする。
「変成男子(へんじょうなんし)」・・女性は男性に生まれ変わって成仏できる思想がある。
 
この神道と仏教の思想が、女性主導のセックスを戒めたのかと思う。
 
現代でいえば、女性差別の極みである。
 
しかし、神話をベースにする天皇家では、万世一系を打ち出しているので、男系優位がもともとあり、古事記にも反映させたのだと思われる。
 
なので、女性から性交を誘うのは、道徳な偏見かなと考える。
 
しかし、神道の場合、仏教のような女性差別はない。
 
古事記である。そんな道徳的な理由で、物語ができたとは考えにくいのだ。
 
ならば、道徳的な事ではなく、歴史的な比喩表現ではないかと考えた。
 
そこでピンと来たのが、邪馬台国の卑弥呼の話である。

邪馬台国の卑弥呼

卑弥呼 イラスト@時間探偵

 
邪馬台国は、女系首長の集団だったといえる。
 
記録に残っているのは、卑弥呼と中継ぎの男王を挟み、台与という存在がわかっている。
 
しかし、この邪馬台国の話は、記紀という記録には存在しないのだ。
 
だが、大和人は知っていたんだと思う。大和の前の国の事をである。
 
そして、この事を比喩したのではないか。

卑弥呼と蛭子

女性優位でできた子は、蛭子とアワシマだった。
 
これは卑弥呼と、台与だったのではないだろうか。
 
ヒミコとヒルコは、日美子と昼子。
 
文字が少し違うだけで、同じ意味でとらえられるからだ。
 
二人目の子のアワシマだが、民間では淡島神として、女性に関するあらゆることに霊験のある神になっている。
 
古事記では奇形で不具の子だが、民間では、蛭子は恵比寿になり、神格があったと推測できるのだ。
 
しかし、古事記では、この二人は神様として数えない。
 
なので、大和は邪馬台国の事を知っていて、神生みの最初に記録したのだと推測できる。

大和は女性蔑視の国ではない

なので、女性から誘ったからといって、駄目なわけがないのである。
 
例えば、イザナギとイザナミの名前の由来だが、「誘(いざな)う」という意味と言われており、イザナミの「ミ」は女性を表す語とする説がある。
 
これは、男女が愛し合い、誘い合って、子孫を増やしたという例えで、どちらかが上位という意味が、これっぼっちもないのが読み取れる。
 
なので、イザナミから性交を誘っても、本来は何も問題がなかった。
 
しかし、古事記はそんな事を書こうとしたのではなく、大和の歴史を書きたかったと、深読みしている。

天地開闢

日本ができた話を、さらに深読みすれば、縄文の時代からの日本の姿が見えてくる。
 
世界の最初に、高天原に相次いで三柱の神(造化の三神)が生まれた。
 
河洛道統 元始天尊 ~ 天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)
靈寶天尊 ~ 高御産巣日神(たかみむすひのかみ)
道德天尊 ~ 神産巣日神(かみむすひのかみ)
 
続いて、二柱の神が生まれた。
 
宇摩志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこぢのかみ)
天之常立神(あめのとこたちのかみ)
 
この五柱の神は性別はなく、独身のまま子どもを生まず身を隠してしまい、これ以降表だって神話には登場しないが、根元的な影響力を持つ特別な神である。そのため別天津神(ことあまつかみ)と呼ぶ。
 
彼らは、影響力はあるが、日本の神話には登場しなくなる。
 
これは、ずばり縄文人と呼ばれる原日本人である。
 
次に、二柱の神が生まれた。
 
国之常立神(くにのとこたちのかみ)
豊雲野神(とよくもののかみ)
 
国之常立神と豊雲野神も性別はなく、これ以降、神話には登場しない。
 
彼らは、弥生時代と呼ばれる時代に、日本に根付いた渡来系の人々だろう。
 
ここまでが、縄文時代なのである。
 
性別がないというのが、重要なポイントである。
 
セックスしないと、国や神は誕生しないと、古事記は書いているのだ。
 
性別がない神とは、存在したのだが、これ以上繁栄しなかったと言っているようなものなのである。
 
引き続いて五組十柱の神々が生まれた。五組の神々はそれぞれ男女の対の神々である。
 
宇比地邇神(うひぢにのかみ)須比智邇神(すひぢにのかみ)
角杙神(つのぐひのかみ)活杙神(いくぐひのかみ)
意富斗能地神(おほとのじのかみ)大斗乃弁神(おほとのべのかみ)
於母陀流神(おもだるのかみ)阿夜訶志古泥神(あやかしこねのかみ)
伊邪那岐神(いざなぎのかみ)伊邪那美神(いざなみのかみ)
 
この時期に、縄文と弥生系が混じり始めたと言える。
 
男女の神が登場するという事は、国が生じ、婚姻や新生児の誕生を意味している。
 
だから、男女の神が登場によりいろんな国ができたのだと解釈できる。
 
これは、中国の複数の史書に記述が見られる倭国大乱(わこくたいらん)の事だと推測できる。
 
なぜなら、この神様たちの名前を見れば、一番最後の伊邪那岐神、伊邪那美神を除き、夫婦の名前が似ていない事に気づく。
 
つまり、違う部族の婚姻でできた国の神様だと言える。
 
そして、最後に、イザナギ・イザナミが登場するのだ。
 
つまり、倭国大乱後、本命の大和の祖先が登場する。

国生み

イザナギ・イザナミの二神は、漂っていた大地を完成させるよう、別天津神(ことあまつがみ)たちに命じられる。そして別天津神たちは天沼矛(あめのぬぼこ)を二神に与えた。
 
ここに別天津神の重要な協力がある。
 
イザナギ・イザナミは、セックスの仕方を知らないような初心者である。
 
その二人に手を貸したのが、別天津神だという。いうなれば、若い二人を応援する親戚のおじさんといったところだろうか。
 
話が飛ぶが、神武東征の話の中で、隼人族が神武の側近として東征に参加している。
 
その後、天皇の守護として隼人族が宮中に存在していたことも記録に残っている。
 
となれば、隼人族が別天津神の一人だと確信する。
 

隼人

そして国ができると、神生みだ。
 
イザナギはイザナミの秘所に挿入したのだが、その後どうすればいいかわからなくなってしまう。
 
そこに、鶺鴒(せきれい)という鳥が現れて、長い尾を上下に振る習性をみて、ピストン運動をしたという記述が、日本書紀にある。
 
台湾のアミ族の神話では、東海の孤島ボトルに男女2神が天下り、ホワック(セキレイ)が尾を振るのを見て交合の道を知った(生蕃伝説集)という伝説がある。
 
台湾から日本にやって来た一族が、大和づくりに参加していたともいえる。これもまた別天津神か。
 
そして、最初の子作りに失敗した二人は、また別天津神の所に行き、その理由を聞き、今度は男性であるイザナギのほうから誘って再び目合ったとある。
 
日本の歴史の中で、大和以外の力を借りた例は意外にある。
 
高御産巣日神(たかみむすびのかみ)という神様がいる。高木神(たかぎのかみ)とも言われている。
 
天地開闢の時、最初に天之御中主神が現れ、その次に神産巣日神(かみむすび)と共に高天原に出現したとされるのが高御産巣日神(たかみむすび)という神である。
 
この神様は、造化の三神の一人と言われ、別天津神である。
 
天孫降臨の話に、天若日子が天孫降臨に先立って降ったが復命せず、その事を問いただす神がやって来たが、これを矢で射殺する。
 
その矢は高天原まで届き、高御産巣日神が「もし高天原に叛く意志があるならこの矢に当たるであろう」と述べて投げ返すと、矢は天若日子を討ったという。
 
この話は、別天津神と呼ばれる高御産巣日神が、高天原の天照大神の参謀という地位があったという事である。
 
なぜなら、高御産巣日神は天照大御神より優位に立って天孫降臨を司令していたからだ。
 
どうだろうか。
 
別天津神である高御産巣日神(高木神)は、大和に対してすごい影響力を持つのである。
 
高木神の名前だが、高い木の自然崇拝の神という事であれば、まさに縄文の神だともいえる。
 
神々を柱で数えたり、諏訪神社の御柱祭りが今でも行われている。
 
出雲には高い柱や高い木に対する信仰がある。
 
日本の歴史に出てくる別天津神は、縄文系であり、出雲系や隼人系の人々だったのだろう。
 
記紀には、そんな日本の複合的な人々を、比喩として語っていて、さらに邪馬台国の卑弥呼の事も、含めて書いていたのだと感じる。
 
日本国の始まりが、女性が誘ったから駄目だったのではなく、女性が首長になった国が、中国にすり寄りすぎて、駄目になったことを述べているのだと感じる。
 
そこで、聖徳太子の登場である。
 
「日出る処の天子、書を、日没する処の天子に致す。恙なきや」
 
ここに、女性と男性の違いが如実に表れている。
 
現状を維持しようとする女子の考えと、体制を変革しようとする男子。
 
そしてこれは、万世一系の天皇家の方針にもつながってくるのである。
 
古事記が伝えたかったのは、そんな日本の成り立ちだったのかもしれない。