高天原の謎(1) 十拳剣

高天原とは古代日本神話に登場する神々の世界である。

『古事記』や『日本書紀』に描かれており、天照大神をはじめとする天津神(あまつかみ)が住む場所とされている。

地上(葦原中国=人間の世界)や黄泉(よみ=死者の国)と対比される存在である。

天孫降臨の神話では、天照大神の孫である瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が高天原から葦原中国へ降り、最終的に日本の天皇の祖先とされている。

 

世界的に見れば、ギリシア神話のオリュンポス山。北欧神話のアースガルズ(アスガルド)。インド神話のスヴァルガ(天界)。中国神話の天界。ケルト神話のティル・ナ・ノグ(常若の国)などがある。

 

なので、日本神話だけの世界観ではないのだ。

なぜ、神の世界と人間の世界があるのかといえば、人間の世界には不完全で苦しみがある現実が存在している。

なので「なぜ人は苦しむのか」「なぜ自然は人に従わないのか」を理解しようとしたのも一因だと思われる。

そして日本の場合、天照大神の子孫=天皇が地上を統治する正統性を「高天原からの天孫降臨」によって保証した。

つまり、高天原は人間が作り出したのである。

しかし、高天原の場所について、古来より様々な説がある。

具体的に言って、どこかの地域(九州や大和地方、さらには海外)を指すとするの説がある。

まあ、天上の世界が現実に存在したということではなく、空想の産物である高天原の話に、何かしらの影響を与えたのはなんだろうかということである。

神話というのは場所や時間を超越している場合が多い。

なので話の大元が複雑に絡み合っているかも知れない。

理路整然とした説明はつかないかも知れないが、一つ一つの要素を洗っていけば、何か発見できるのでないかと、最近思い始めている。

そこで、今回は十拳剣(とつかのつるぎ)について調査したい。

日本の神話に十拳剣(とつかのつるぎ)という剣がよく登場する。

「十拳(とつか)」は、長さの単位を指す。「束(つか)」は、握り拳一つの幅を意味し、「十束(とつか)の剣」は、およそ拳10個分の長さを持つ長大な剣という意味になる。

「束(つか)」の定義: 「束」は、古来から使われる長さの単位で、握り拳一つの幅を指す。

現代の成人男性の拳の幅が約10センチメートルであることから、「十拳」は「拳10個分」、つまり10 × 10cm = 100cm、すなわち1メートルと計算される。

しかし他のAIによっては、手首から肘までを1束と解釈し、約1.5m~2.4m説もある。

約1.5m~2.4m説はちょっと長すぎるようだが、さまざまある解釈の一つだ。

こんな長い剣を持っていたとすれば、高天原の神は、高身長だったということになり、少しイメージが湧かない。

なのでGeminiAIの1メートル説で進めてみようと思う。

当時の剣の長さが約70~80センチメートルと推測されるので、やや長めの剣である。

現代で例えるなら、通常のバットの長さが85センチメートルであるのに対し、1メートルを超える特注のバットを片手で軽々と振るうようなものだとされる。

この十拳剣は、単独の剣の名前ではなく、神々が持つ剣が、十拳剣という名称のようだ。

十掬剣(とつかのつるぎ)、十束剣、十握剣も同じ意味とされる。

神話の中には、この剣の話が多く出てくる。

 

イザナギの神生み: イザナギが、妻イザナミの死の原因となった火の神カグツチを斬る際に使用した剣が「天之尾羽張(あめのおはばり)」という名の十拳剣でした。

スサノオとヤマタノオロチ: スサノオが、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治する際に使用した剣も十拳剣でした。この時、大蛇の尾から出てきたのが、後に三種の神器の一つとなる「天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)」です。

天照大神とスサノオの誓約: 天照大神が、スサノオの十拳剣を受け取り、噛み砕いて神々を生み出した場面でも登場します。

建御雷神の国譲り: 建御雷神が国譲りを迫る際、その威厳を示すために使われたのも十拳剣でした。

つまり、高天原の住人は少し長い十拳剣を持っていたと推測できる。

 

日本の遺跡

銅剣(青銅製)の場合、島根県の荒神谷遺跡からは358本の銅剣が出土(長さ40~80cm)。

出雲大社付近の加茂岩倉遺跡からも大量の銅剣が出ている。

古墳時代になると鉄剣・鉄刀が全国各地の古墳から多数出土。

埼玉県稲荷山古墳出土の「金錯銘鉄剣」は全長約73cmの直刀。115文字の金象嵌銘が刻まれて有名だ。

熊本県江田船山古墳の鉄刀は、全長約75cm、銘文が刻まれている。

この時期の鉄剣は、実戦用としても使えるサイズで「少し長い剣」にあたる。

古事記の神話が、弥生時代後期か飛鳥時代に完成されたとすれば、十拳剣は、やはり少し長い剣と解釈できるだろう。

 

江田船山古墳 〜 銀象嵌銘大刀

中国の長い剣

中国では、紀元前から様々な種類の長大な剣が用いられていたとある。

中国の漢代に用いられた「長剣(ちょうけん)」の長さは、一般的に90センチメートル前後という。しかし、考古学的な発掘物や文献からは、さらに長いものが存在したこともわかっている。

漢の時代の剣は、青銅から鉄へと素材が変化し、技術の進歩とともに長くなった。

一般的な長さは約90cmから1メートル程度で、これは当時の日本の十拳剣とほぼ同じくらいの長さだ。

発掘された最長の例: 紀元前2世紀の漢代の墓からは、1メートル40センチメートルを超える長大な鉄剣が出土した例もある。これは実用性よりも、権力や威厳を象徴する儀式用の剣であったと考えられてる。

なぜ、 漢の剣が長くなったかといえば、折れやすい青銅製から鉄に変わったからである。

さらに騎兵戦に適した長さになったからだという。

弥生時代の日本では、馬が家畜として存在した証拠はまだ見つかっていない。

しかし、4世紀後半から5世紀にかけて、朝鮮半島から馬とその利用技術が伝来すると、日本各地の古墳から馬具が出土するようになる。

古墳時代(5世紀頃)に 鐙(あぶみ)や鞍(くら)といった馬具が普及し、騎乗しての戦闘が技術的に可能になった。

ただし、この時点ではまだ騎馬は高貴な身分の象徴としての側面も強く、騎馬武者による一騎打ちが中心だったとされている。

こう考えると、高天原の神々は中国の剣の文化を受け継いでるのでないかという推測ができるが、日本に馬の文化と鉄の文化が普及した後に、神話が作られたなら、中国文化の真似ではないだろう。

 

高天原

神武天皇が宮崎の日向から東征を始めたとすれば、九州のどこかに高天原があったと推測されるだろう。

東征が史実として起こったと推測されるのは、3世紀後半から4世紀初頭の弥生時代後期から古墳時代初頭にかけての時期とされている。

この時期は、考古学的に見て、奈良盆地で巨大な前方後円墳が築造され始め、畿内を中心とした統一政権が成立していった時期と重なるからだ。

九州で発掘された古墳時代以前(主に弥生時代)の剣は、主に青銅製と鉄製があり、その長さは様々だが、一般的に短いものが多く、15cm〜50cm程度の範囲だった。

つまり弥生時代は短い剣を使っていた。

日本神話には、少し長い十拳剣が登場するので、この物語は古墳時代に完成されたと考えたい。

 

オリンポス山と高千穂

ギリシャ神話に登場する神々の住まう聖なる山、オリンポス。

実は、オリンポスは神話上の架空の場所であると同時に、ギリシャに実在する山の名称でもある。

ギリシャ神話においてオリンポス山は、最高神ゼウスをはじめとするオリンポス十二神が住む宮殿があるとされる。

神話の舞台とされるオリンポス山は、ギリシャ北東部、テッサリア地方とマケドニア地方の境に連なる実在の山で、ギリシャの最高峰であり、最も高い峰はミティカス峰で、その標高は2,917メートルに達する。

古代ギリシャの人々にとって、この雄大で荘厳なオリンポス山の姿は、まさに神々が住むにふさわしい場所と映ったことだろう。そのため、神話の世界と現実の山とが重ね合わされ、信仰の対象となっている。

高天原の場合どうだろう。

高天原には山は登場しないが、神話には詳しく書かれている。

宮崎県高千穂町にあり、高千穂峡や高千穂神社など、多くの神話ゆかりの地が存在する場所だ。

古事記には「筑紫(つくし)の日向(ひむか)の高千穂の久士布流多気(くじふるたけ)」に降臨したと記されており、この記述から高千穂町が天孫降臨の地として広く知られている。

その高千穂峡は、阿蘇山の噴火活動によって形成された地形だ。

約9万年前に阿蘇山が大噴火を起こした際に噴出した火砕流が堆積し、それが長い年月をかけて五ヶ瀬川に侵食されて、現在の独特な柱状節理(ちゅうじょうせつり)の景観を持つ深い峡谷が作られた。

やはりよく似ている。

ギリシャ神話と日本神話に不思議な類似性が語られているので、ギリシャ神話が参考になるかも知れない。

古代ギリシャの荘厳なオリンポス山に連想されるものは、高千穂峡のそばにある阿蘇山だ。

高天原には、山は登場しないが、阿蘇山の火山活動が神話に影響を与えたと言ってもいいのではないか。

阿蘇山は、縄文時代には、カルデラ内での定住は確認されていないが、弥生時代後期になると、人々は湿地の微高地に集落を形成し、居住を始めたことが分かっている。

これは、稲作が始まり、水田耕作に適した土地を求めてカルデラ内に入り込んだためと考えられている。

稲作が始まると、人々は阿蘇山の豊かな湧き水を利用して水田を開き、集落を形成している。

また、草原や森林も存在し、人々はこれらを生活に利用していたと考えられる。

遠くに見上げる阿蘇山の噴煙とカルデラ内の豊かな自然。

弥生時代の阿蘇山は、大規模噴火の脅威からは解放された社会だった。

これらは高天原神話に大きな影響を与えたのではないだろうか。

しかし、阿蘇山のカルデラが高天原と決めるのは早計だろう。

ここではギリシャ神話との類似性で、高天原は阿蘇山が有力だということに留めたい。

阿蘇山

 

十握剣が少し長い鉄の剣で、その力を考えれば鉄製だとする可能性だけが見えてきた。

これだけでも、神話のモデル像の一端が垣間見れる。

まだまだ先が長そうである。

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蛇行剣の謎を追う

 

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