犯人の「転びバテレンめ」という言葉。
被害者 稲生真理亜の「リュウバ」という言葉この言葉のなぞを解くのが、全体を読み解く鍵だろう。
しかし、犯人の動機は只の薬物中毒の錯乱状態のせいにしていいんだろうか。
犯人は戸川雅也 39歳無職と新聞に書いてある。
住所は長崎北部の住宅街のアパートに一人暮らし。
薬物の使用は、かなりチョコチョコと手を出したようで、インターネットのオークションで脱法ハーブが手に入るようになると常習化した。
今回も、事件を起こす直前まで服用していた形跡があると乗っていた。現在取調べ中なので詳しいことはわかっていないが、初犯、心身喪失状態であることも、はげしい取調べになっていないようだ。
「ころびバテレン」とは転び伴天連と書く。
江戸幕府のキリシタン弾圧・拷問により、信仰を捨てた宣教師(バテレン)のことを言う。
信徒が信仰を捨てたばあい転びキリシタンというとある。
ここは長崎の地で、キリスト教受難の地である。江戸時代強烈な弾圧を受けても、カトリックを捨てなかった人々が多数いたのは、歴史の教科書にも書いてあるとおりだ。
稲生真理亜が隠れキリシタンの可能性があるのだろうか。
錯乱状態なのは間違いないんだけど、なんか恨みがあったのかなー」
「動機に関して一つわかったのが、フェイスノートです」
「フェイスノートって、今流行ってる(いいねボタン)の奴だろう」
フェイスノートとはSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の事だ。実名登録、顔写真必須というのが売りのネットワークサービスで創業者が大学生というのも話題である。
「誰かのブログに書いてあったんですけど、犯人は稲生真理亜のストーカーだったようなんです。ツイッターもフォローしてるし、公式ブログのRSSも購読してるし、とにかく真理亜マニアってことは間違いなかったようです。
フェイスノートって友達になるというシステムがあって、当然稲生真理亜のサイトにも申請してたんですが、長い間保留になっていたらしく、それを逆恨みして最近は二チャンネルにも書き込みをしていて、稲生真理亜の非難中傷に躍起になっていたって話でした」
「可愛さ余って憎さ百倍って事か」
「そうみたいです。雑誌記事のカメオの中の観音様を母子観音と知り、真理亜を隠れキリシタンと書きまくっていたそうです」
母子観音はマリア観音ともいい、キリスト教が禁じられていた時代の信仰の対象である。
長崎は他の地域と違い、教会も多く一般的な知識と言ってもいいだろう。
隠れキリシタンは、キリスト教を隠れて信仰するとても純粋な人たちという認識があり、犯人も中傷するというイメージではなかったと思う。
犯人もキリスト教の信者らしかったようで、逆に共感が持てたんじゃないかなと思う。
インターネットでの書き込み行為は、やはり自分の気持ちの捨て場なのだろう。ブログの書き込みや掲示板の投稿は、匿名だから書ける本音だと思う。
美穂ちゃんもかなりのネットマニアだ。
今はフェイスノートにはまっているらしく、スタジオにも自分のパソコンを持ち込んで、暇があると何か、書き込んでいる。
ロケの撮影の時も、珍しい物があるとスマホで撮影してアップしている。
俺もネットは嫌いな方じゃないし、最近の写真はほとんどデジタルなので、マルチメディア系は得意なのだ。
ただ、ソーシャルネットワーク系は苦手だ。
まず、アップする事柄がない。
写真は仕事なので趣味として公表する気はないし、日記を公開する気にもならない。よく「ネットで広げる友達の輪」なんて言うけど、本当の友達ではないし、逆にネット上の孤独を強く感じるだけだと思うのだ。
「美穂ちゃん。フェイスノートの友達申請が保留という、たったそれだけが動機だろうか」
美穂ちゃんは、ちょっと遠い目をしている。
「私、何となくわかるんです。ネットって簡単に友達関係になれるんですけど、やっぱり友達じゃないんです。
毎日文章をやりとりしていても、たぶん友情は芽生えないと思うんです。だけど、友達って書かれると、友達にならなくちゃって思っちゃうんです。それに参加していないと置いてきぼりを食いそうで、フェイスノートから目を離せなくなっている自分に気づくんです」
美穂ちゃんは、写真家を目指しているだけあって、少し他人と違う感性をしているので孤独感が強いみたいだ。
一人っ子なので甘えん坊で、極端に寂しがり屋なのだ。友達は複数いるみたいだけど、残念ながら彼氏はいないようだ。
「はまればはまるほど、ネットの中の孤独ってのを最近強く感じるんです。犯人もきっとそうだったんだと思います」
彼女は、すこしため息をついた。
ネットの中の孤独がどれほど強いものなのか、俺自身よくわからないが、理解出来そうな気がした。
現実に引きこもりの犯行と言われる凶悪事件や、無差別殺人事件などが多発している現代である。
孤独であるという事が、殺人の動機としてまかり通ってしまう。
ストーカーまがいの熱狂ぶりの犯人にとって、フェイスノートの友達の保留は、自分にとっての裏切り行為と感じたのであろう。
だからこそ、弾圧に負けてキリスト教を捨てた転びバテレンという言葉を、真理亜にぶつけたかったのかもしれない。
現実的な解釈は、とっても不幸な事件で、麻薬中毒者の逆恨み犯行ということで幕を引きそうである。犯人が脱法ハーブの常習者という事の方が、センセーショナルな話題をうみ出しているようだ。
美穂ちゃんも納得しているようで、殺人の動機は理解できたが、もう一つの謎「リュウバ」の方に取りかかった。
第1章 港の見えるスタジオ-1
第2章 女子カメラ-2
第3章 二眼レフ-3
第4章 タイムカメラ-4
第5章 ワームホール-5
第6章 アイドル殺人事件-6
第7章 推理-7
第8章 転びバテレン-8
第9章 デンデラリュウの謎-9
第10章 ペーロン船-10
第11章 ラシャメン-完結