なめて味合う 大嘗祭

大嘗祭

「悠紀殿供饌の儀」のため、祭服で大嘗宮の悠紀殿に向かわれる天皇陛下(14日午後6時34分、皇居・東御苑で)=代表撮影

大嘗祭は「だいじょうさい」と読むが「おおなめまつり」ともいう。

この「嘗」は訓読みで「なめる」で、現代の辞書には、1 味をみる。なめる。2 試してみる。3 秋、新穀を神に供える祭。デジタル大辞泉

という意味である。

「嘗」は、尚+旨があわさった形声文字である。辞典では「神の気配の象形と屋内で祈る象形」とある。

「請い願う」の意味だが、ここでは、「当(當)」に通じ(同じ読みを持つ「当(當)」と同じ意味を持つようになって)、「当てる」の意味)と「さじの象形と口の象形」(さじで口に食物を流し込む事から、「うまい」の意味)から、「旨い物を舌に当てる」、「味わう」を意味する「嘗」から漢字が成り立ちました。
https://okjiten.jp/kanji2401.html
漢字/漢和/語源辞典

なるほど。

なめる

大嘗祭の意味は、ググればたくさん出るので省略をするが、私は「嘗」という文字がいつも気になっている。

古来より、天皇の役目は、食べ物をなめて、災いの起こるものを取り除き、安全を確認したのだろう。

なめるのは動物の本能だ。なめてすっぱいものや変な味がするものは、腐っている恐れがあるので、吐き出すようになっている。

現代では、賞味期限というのがあるが、昭和の私たちは、まず見て、匂いをかいで、更になめてみた。

これで異常なければ、食べていた。

つい最近の話である。

うまみの感覚は日本人だけ

西洋の味の感覚は、基本、甘味、酸味、塩味、苦味である。

だが、日本では1908年に池田菊苗がうま味物質グルタミン酸モノナトリウム塩を発見した事により、基本の味覚は5つである。

和食のすばらしさは、ここにある。

舐めるといえば犬だが、人間もよく舐める。

特にセックスの際は、どこでも舐めたがる。全身舐める男性は、キスが多い男性よりも執着心・独占欲が強く、エッチな事が好きな傾向があるという。

つまり食べたいほど好きだという愛情表現なのである。

なぜ夜中なのか

即位礼正殿の儀などは、政治的な儀式だから、昼間に行われる。一方で、神祭りの儀式は古来、夜に行われてきた。

この話でピンときたものがある。

隋書倭国伝の中の文章である。

倭王・多利思比孤が隋にやってきて、問答をしている。

「倭王は天を兄とし、日を弟として、天がまだ明けない時に出て政務を聴き、跏趺して坐っています。日が出るとそれをやめ、我が弟に委ねようといいます。」と言ったとある。

不思議な話だ。

「天がまだ明けない時に出て政務を聴き」を考えれば、多利思比孤は、夜、政務をしているのだ。

これを深読みすれば、倭王は、今回の大嘗祭と同じように、夜に秘儀をおこなっていた事になる。

つまり、日本における王の仕事は、昼間の政務より、夜行う政務が大切だったのである。

秘儀

大嘗祭の謎は、神殿に寝具が敷いていることである。

この為、処女の女官達のみと過ごすことより、中で性行為をしているのではないか?と古来より語られている。

折口信夫の唱えた「真床覆衾」論というのがある。

寝具を天孫降臨神話で瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)がくるまって地上に降り立ったとされる「真床覆衾(マドコオフスマ)」に見立て、天皇が布団にくるまる儀式の存在を唱えた。

さらに「先帝同衾」という説も唱えている。これは前天皇の亡骸と新天皇の肉体というふたつの〈御身体〉を〈一つの衾で覆うて〉、復活のための儀式を行ったというものだ。

これは前天皇の亡骸とともに、布団に入るという事である。

これ以外にも、日本史学者の岡田精司氏らは、地方豪族から貢上された采女と「聖婚」することで服従を誓わせる儀礼があったのでないかと推定している。

うーん。

いずれもありうるかなと思う。

しかし、日本史学界では「真床覆衾」論も聖婚儀礼説もほぼ完全に否定されている。ウィキペディア

大嘗祭(=新嘗祭)の儀式の形が定まったのは、7世紀の皇極天皇の頃だが、この頃はまだ通例の大嘗祭(=新嘗祭)と践祚大嘗祭の区別はなかった。

律令制が整備されると共に、一世一代の祭儀として「践祚大嘗祭」と名付けられ、祭の式次第など詳細についても整備されている。

つまり、儀式は変化しており、最初の最初はどんなものだったかは、やはり不明なのである。

ただ、大嘗祭が「おおなめまつり」という名称から考えれば、味覚や触覚など五感と、霊的な六感を合わせた、動物的な儀式ではなかったのかと想像するのだ。

なにせ、古事記はイザナミ、イザナギのセックス描写から始まっているからである。

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