謎のミミ族-2

大耳、垂れ耳が土蜘蛛だったという点から考えて行きたい。

土蜘蛛は、多数の人が研究材料にしている。

ネットで検索すれば興味ある文献も多数あり、古代史の専門家でない僕が書く事も無い。

「土蜘蛛は、本来は、上古に天皇に恭順しなかった土豪たちである」という端的な説明は、誰も文句のつけようの無いところだろう。

五島の大耳、垂れ耳だけを言うのであれば、土蜘蛛という反政府、もしくは先住民達(海人族)がミミ族でいいと思うのだが、「ミミ」の名前を持つものがすべて反政府ではないし、特定の族であるという証拠も無い。

天皇にも耳のつくものは多数いる。

耳という名を使っている人たち

よしんば、海人族と言われる一族がミミ族であるならば、耳という名を使っている人たちの特徴や共通点は何処にあるのだろう。

下記のページに同じような疑問を持つ方のページがあり、一覧表があったので、興味ある方はご覧いただきたい。

投馬国出雲説ならびに欠史時代初期出雲系説 ミミおよびミの分布表

出雲系というのが海人族という説は、同感である。

ただ海人族という解釈が広すぎた場合、例えば海岸に接する地域に住むものや、島に住むもの、船を交通手段にしているもの達すべてが海人族と言ってしまうと、どうにでも解釈がとってしまう恐れがある。

さらにかなりの時代にまたがり、「ミミ」の付く名前が出てくる。

となれば、別の特徴を持った遺伝子集団の可能性もある。

日本人は混合民族である。先住民とはいえ、一種類ではない。

隼人や熊襲もいる。

もっと、遠くからやってきた人たちではないかという、可能性がある。

もしかしたら、白人やインド人もいたかもしれない。

トンデモ説といわれそうだが、金髪やアフロ系の髪型もいたであろう。

言葉とおり、耳が大きい人たちかもしれない。

耳穴の大きい種族 カレン族の一種

耳穴の大きい種族 カレン族の一種

そんな身体的な特徴がミミ族にはあったのだろうか。

ミミ族の能力

特殊な能力が顕著な一族、大げさに言えば超能力者たちの系譜かもしれない。

「ミミ」というのは、あの顔の横についている耳である。

耳のよく聞こえる一族だったかも。

つまり聴力が強力な、地獄耳のような能力を持つ人達。

ありうる。

飛鳥時代の仏像の特徴

飛鳥時代の仏像の特徴

聞くという能力と脳の働き

日本人は、地球上で一番他民族の言葉を習得するのが、苦手な民族だという話を聞いた事がある。

それには理由がある。

縄文と古代文明を探求しよう!より抜粋 http://web.joumon.jp.net/blog/date/2007/04/06

耳鼻科医師の角田忠信『日本人の脳』の中に書かれています。

日本人は音の処理を、西欧人を始め、他の民族とは全く異なる音声処理を行っている。

虫の声・せせらぎ・潮騒(しおざい)・雨音などを、ほとんどの民族が右脳で雑音として処理するものを、日本人は左脳でそれぞれの音や声として処理しているというのだ。

日本語に多い「擬態語・擬音語」は、自然の音や、音を持たない動作などを独特の音として表現するものだが、それは「日本語がもっとも自然に近い発音を持つ言語だからだ」

右脳は感性を左脳は理性を支配すると言われている。

そして人は、言葉の中で、必要に応じて右脳と左脳を使い分けているのだという。

角田が謂う日本人とそれ以外の民族との差異はかくも大きい。

我々の先祖は、古来よりの言語を継続して使い続けてきた。

この事実は、逆に弥生の民がいつしか縄文の民に吸収され同化していったことを示している。

そして時代に即応して変化を続けながらも、今に至っても他国とは全く異質な、自然に同化した言語を使い続けていることがはっきりしてきた。

日本人は、雨音を左脳で聞いたり、右脳で聞いたりするということである。

その為には、しっかり聞くと言うことがとても大切になる。

聞こえるのではなく、耳を澄ませて聞く事が大切である。

よく聞けるものが、よく考え、言葉の表現が豊かになっていくのである。

他の人たちと比べて、耳がいいということは、理解力があり聡明だという事にも繋がっていくのだろう。

聖徳太子は「豊聡耳」という名前を持っている。

たくさんの話を一度に聞き、その人たちに、すべて的確な答えをしたという故事に由来している。

個人差や年齢が大きい聴力

また聴力というのは、かなり個人差がある。

そして年齢差も大きい。

コンビニにたむろする若者を追い払うのに、高周波の音を使う事は知られている。

モスキート音である。

17キロヘルツ前後の高周波音のことを言う。

若者には、蚊の羽音のような不快な音として聞こえる。

年寄りには聞こえない。

他にもある。

絶対音感だ。僕が思いつくのはモーツァルトが有名だ。

現代の調査だが、外国の音楽学校の生徒の絶対音感保有割合が11%だったのに対して、日本では、約30%に及ぶと言われている。

それは、日本語には同音異義語が多く、くも、はしなど僅かなニュアンスで、意味を聞き取らなければならないと言われている。

ただ、絶対音感は超能力のようなものではなく、相対音感もあるので「耳がいい」とはいいがたい側面もある。

古代だ。

祈りや踊り、色んな場所で音に関する能力は重要だと思う。

その時に、聞き分ける能力は大切になる。

「よく聞くもの」が「よく唄える」という鉄則があるからである。

耳のつく漢字

漢字についても色々考えさせられる。

耳のつく漢字は多い。そんな中で耳のつく漢字で「聡い」というのがある。

「聡い」 [形][文]さと・し[ク] 1 理解・判断が的確で早い。賢い。「この子は―・い」 2 感覚が鋭い。敏感だ。「耳が―・い」「利に―・い」

賢いと同じ意味だが、「聡い」は賢いより直感的なイメージがある。

もう一つ「恥」というのがある。 これは難問だ。

「恥」は、「心+音符(耳)」という会意兼形声文字であり、「心が柔らかくなってしまう(弱くなってしまう)」 http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1239472302 恥ずかしくて耳が赤くなる、ともあった。

耳というのが、単なる音の集音機ではなく、もっと精神的な意味がある言葉だと思う。

心に聞く。

例えば、自分が何かに怒ったとする。

そんな時、自分の心に耳を傾ける。

「自分は、そんなに偉いのか」 「人のことを非難できるほど立派な人間なのか」 心の声を聞けば、人は自分の行為に恥じる。

それが、恥じるの本当の語源だと思う。

ミミという文字の語源は下記の説もある。

「みみ」は「身実(み・み)」だったのです。 古代では言葉は「言霊(ことだま)」でありました。 実体は見えないものの、そこには霊的な力があると信じられていました。 時には見えるものよりも生命の本質に近いとも考えられました。

実体が見えない霊を受け、身(み=カラダ)の中で実体にする(実にする)器官として 「身実(み・み)」になり、後に耳の形から、今の漢字を当てられました。

中略 京都大学教授・鎌田東二氏、同じく古東哲明氏立命館大学名誉教授の白川静氏などの著作に詳しく出ています。 http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1498575289

 

つまり、言霊の受信機がミミだという事だ。

耳という言葉は、日本語のなかで、とても大切な部分をもっているという証である。

「尊く美しい」人たちの尊称

また、ミミというのが「美しい」人たちの尊称だったのかも知れない。

「身・美」という可能性もある。

古代の人たちの、美醜の判断基準がわからないが、美しさは神々しさに通じている。

外見の特徴といえば、これが一番わかりやすい。

ここに、古代人の美意識ともいえる、アクセサリーの発掘調査がある。  

http://www.maibun.net/image/37-p7.pdf

○ 古代人のピアス(耳飾り) 現在のピアスのルーツをたどると、今からおよそ6,500年前(縄文時代早期末)まで遡ることができます。 北魚沼郡堀之内町の清水上 しみずのうえ遺跡(縄文時代早期~晩期)からは滑石製のけつ状耳飾が出土しています。

写真のように輪の切れた部分から、耳たぶにあけた孔に通して装着していたと考えられています。このけつ状耳飾りは2つに割れた物を修復して、再利用していた跡が残っていました。

また、耳たぶにあけた孔にはめこんで使用する土製の耳飾りが、小千谷市城じょうノの腰こし遺跡(縄文時代中期後半~後期前半)から出土しています。現在のピアスと比べてみてください。 縄文人たちは、耳たぶにかなりの大きさの孔を開けていたようです。

縄文人のピアス | 飯田市美術博物館

日本人のルーツ縄文人を研究する2

日本人のルーツ縄文人を研究する2

耳飾 ウィキペディア

縄文時代には石を円形に刳り抜き、一部を削り取った耳飾や、耳栓状耳飾が出土しており、主に女性の耳朶を穿孔してその孔に装着したと考えられている。 これは中国との交流によって日本に移入された文化と推察され、人生の節目を自覚させるため、結婚や成人など通過儀礼の際に用いられたと指摘されている。

しかし、この風習は弥生時代に入る頃にはほとんど見られなくなる。

この理由としては、高倉洋彰が『交流する弥生人』(2001年、吉川弘文館)で言及している耳朶の大きさの変化、浜本隆志が『アクセサリーが消えた日本史』(2004年、光文社新書)で言及している狩猟文化から農耕文化へと移り変わる過程でのアニミズムの変化など諸説がある。

首飾や耳飾を装着した埴輪 さらに時代が移り古墳時代に入ると、遊牧騎馬民族(スキタイ)の影響と見られる垂れ飾りの付いた環状の金属製耳飾が出現している。

これらは埴輪などに見られる痕跡から主に貴人が装着したと見られ、死後には埋葬品の一種として墓へ入れられた。近藤義郎は自著『農民と耳飾り』(1983年、青木書店)で、こうした耳飾り文化は支配者階級だけでなく、一般庶民にも広く普及していた可能性があると言及している。

 仏像を見てみれば、不思議な事に気づく。

耳が大きいのだ。 大きいというか、垂れているものが多い。  

 仏像修理のハ・ナ・シ9 『耳の損傷』

仏像の見方

http://www.eonet.ne.jp/~kotonara/butuzounomikata.htm

「耳朶」の長さは左像のように我々と変わらなかったのに右像のように肩口まで届く長い耳朶となっていきます。

我が国でいう福耳で救済者がどこに居ようとも聞き取れるのです。

ガンダーラでは当初の仏像の耳たぶは常人と変わらないのに時代が下ると耳たぶが長くなっているのは、釈迦の王子時代写真のような耳が痛くなるくらい豪華な耳?(イヤリング)を着けておりその重さで耳たぶが肩口まで垂れ下がっていったということです。

大きな耳?は尊さの象徴であり権威の象徴でもあります。

如来となられる前に一切の装身具を取り豪華な耳?も外されましたが大きな耳朶と穴(耳朶環)が残ってしまいました。

釈迦が王子時代に耳朶が長くなったのであれば初期の仏像の耳朶は長くなければおかしいと言うような詮索はしないことにします。

  どうだろうか。  

大きい耳(たぶ)は尊さの象徴であり権威の象徴とある。 仏教は聖徳太子が日本に持ち込んだものだ。

しかし、耳飾りの文化は取り入れていない。

お札に載っている聖徳太子の肖像がの耳は大きいが、耳たぶはそのままである。

日本の古代先住民は、耳飾りをしていた。

仏像は耳が垂れている。

聖徳太子は耳は大きく書かれているが、耳飾りはしていない。(ツタンカーメンも大きいがたれていない)  

この事から、どんな推理ができるだろうか。

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