桃太郎と神功皇后 神話からこぼれ落ちたもの

桃太郎 (新・講談社の絵本) | 齋藤 五百枝

その話は、民俗学者の心をとらえて離さないらしい。

なぜなら、不思議だからである。

なので様々な説が出ている。

民俗学者柳田國男氏の場合。川上から流れる桃の展開から異界の存在と水辺との関連を、それらを統率する存在として水辺の「小さ子」・「海神少童」伝承に繋がり、最終的には、スクナヒコナ神話へと結びつくとある。さらに桃太郎は英雄神話で異常出生の神の子が共同体から除外されつつも異郷に赴く「英雄神話」が抽出できる。

柳田國男

民俗学は私が最近傾倒している学問で、様々な昔話を集め、整理することによって、日本人の心をあぶりだそうとする。

それ以外にも文化人類学という視点で見ることもできる。

『桃太郎の母』において、「水界の小さき子」の影に「水界の母子神」の存在がつきまとうと見いだし、南方の島々や太平洋周辺の諸民族の伝説の研究へと行き着く。(文化人類学者・石田英一郎)

神話学者・高木敏雄は桃太郎を「英雄伝説的童話」と位置づけ、桃は邪気を祓う霊物であり、長生不老の仙果であり、太郎が老夫婦に育てられるのと桃が不老長寿の果物であることは無関係でないと述べている。

民俗学者・関敬吾は鬼が島征伐の冒険的行為に社会慣習としての通過儀礼である成年式が反映していると考えた。

どれもが一理ある内容を持っている。

私は学者ではないので、その説の優劣を決める為に必要な知識を持っていない。

だが、勝手に駄文を書いている身としても、文の方向性はそれと同等な視線をもっていると思う。

そして、私は柳田國男氏の「昔話とはかつての神話の零落した一つの姿」という解説に共鳴している。

この考えに沿って文を進めていきたい。

鬼滅の刃

現在大人気の鬼滅の刃のアニメだが、鬼退治の話はまさに現代版桃太郎である。

千年以上の時代を経ても、鬼退治の話は日本人の心を泡立てる。

まあ子供向けのアニメなので「友情、努力、勝利」という鉄則が貫かれているのだが、鬼という異界の存在もわかりやすいのだろう。

この話を書く最初の動機になったのが、鬼滅の刃だという事をまず述べておく。

鬼滅の刃|動画を見るならdTV -公式サイト

標準型桃太郎

桃から生まれた桃太郎は、老婆老爺に養われ、鬼ヶ島へ鬼退治に出征、道中遭遇するイヌ、サル、キジをきび団子を褒美に家来とし、鬼の財宝を持ち帰り、郷里に凱旋する。

桃太郎が現在まで生き残っている訳は、国定教科書(尋常小学読本)に採用される際にほぼ現在の「標準型」のあらすじの桃太郎物語が掲載されたからである。

国定教科書

全国にある桃太郎伝説

桃太郎の話は全国にあるが、現在は岡山県の吉備津彦命(きびつひこのみこと)の温羅(うら)退治は外せないだろう。

だが、香川県高松の桃太郎伝説の里「鬼無」、稚武彦命を祀った「熊野権現桃太郎神社」も興味深いものがある。

ともに瀬戸内海が関係しているのも意味があるのだろう。

これらの事を考え、私は過去に2本ほど桃太郎関連を書いている。

お盆と桃太郎
https://artworks-inter.net/ebook/?p=2412

温羅と盂蘭盆会 出雲が鬼ヶ島 大和は申(サル)、酉(とり・キジ)、戌(イヌ)の方角の吉備の国を引き連れて、黄泉の国の出雲を征伐した。

桃太郎考 モモは纏向遺跡、百襲姫のモモだ!!
https://artworks-inter.net/ebook/?p=1018

纏向遺跡襲撃事件。桃太郎の桃は、纒向遺跡の捨てられた桃の生まれ変わりとしての物語ではないか。

共に、歴史推理である。

それほど、各地には桃太郎に関連する事柄が多くあるのだ。

物語が生まれた時代

物語としての成立年代は正確には分かっていないが、原型(口承文学)の発祥は室町時代末期から江戸時代初期頃とされる。

以後、江戸時代の草双紙の赤本のち豆本や黄表紙版の「桃太郎」「桃太郎昔話」などの出版により広まったらしい。

まあ、これが出版に至るまでの事だが、もちろんこの時代以前から各地に口承で伝えられていたオリジナルの桃太郎の話があった事は十分推測できる。

例えば、讃岐国司だった菅原道真が「稚武彦命が三人の勇士を従えて海賊退治をおこなった」という話を地元の漁師から聞き、それをもとにおとぎ話としてまとめたものであるという説を知れば、菅原道真は平安時代の人物であり、平安時代にこの話の原型があった事がわかる。

稚武彦命(わかたけひこのみこと)という人物で言えば、古事記、日本書紀に載っている人物である。

つまり古くからあったので、昔話というのだ。

鬼の原型

鬼は日本の歴史文化の中で重要な存在である。

文芸評論家の馬場あき子は5種類に分類している。ウィキペディア

民俗学上の鬼で祖霊や地霊。
山岳宗教系の鬼、山伏系の鬼、例:天狗。
仏教系の鬼、邪鬼、夜叉、羅刹。
人鬼系の鬼、盗賊や凶悪な無用者。
怨恨や憤怒によって鬼に変身の変身譚系の鬼。

確かに鬼は一言で言えない広がりを持っている。

中国大陸では、鬼は死霊、死者の霊魂のことを指していて幽霊に近い。「鬼籍に入る」という言葉があるくらいだ。

だが、桃太郎の鬼は「人鬼系の鬼、盗賊や凶悪な無用者」に相当するようだ。

時代から言えば、すでに元寇は起きていて、中国王朝の元のモンゴル兵も鬼の類かもしれない。

ただこの話からだと、鬼たちに攻め入られている。だが、桃太郎は鬼が島に攻め入っている。

とすれば、古代日本の海外戦略がベースになっていると思われる。

ここは重要だと思った。

一部の話では、鬼が島ではなく山奥というバリエーションもあるのだが、殆どが島である。

島に鬼がいるという設定が、一番わかりやすかったのだと思う。

しかし物語の中に、島に渡る描写はない。

省略されているのだが、殆どの話の中に明確な位置情報は語られない。

日本各地の伝説や昔話で、鬼の住んでいるところとして登場するものの多くは山や森、岩屋などであって、海をへだてた「島」であると明確に設定されている例は少ないのだ。異郷の地と言えば竜宮城があるくらいなのだ。

そういう意味では、この鬼ヶ島に攻め入ったというストーリーは、特殊で大きな意味を持っている事を発見した。

三韓征伐

神功皇后の三韓征伐

いろいろ古代の話はあるが、勇猛果敢な海外遠征の話なら、やはり神功皇后の三韓征伐の話だろう。

白村江の戦いもあるが負け戦である。

攻め入って勝利をしたとなれば神功皇后の三韓征伐しかないのだ。

ただ神功皇后は女性で桃太郎は男だ。

これは、単純に差し替えがあったのだと考える。

桃太郎は女性か

神功皇后は女性だが、戦いの際の記述に注目したい。

仲哀天皇9年4月、松浦郡で誓約を行った皇后は渡海遠征の成功を確信し、神田を作ったのちに橿日宮へ戻った。そして角髪を結って男装すると渡海遠征の全責任を負うことを宣言した。

「角髪を結って男装する」という文があるように、男装の女武将の姿として描かれている。

じつは、太陽神天照大神にも男性説は存在する。

地上で乱暴狼藉を働いていた素盞鳴尊が高天原を訪ねてきたときの話だ。

天照大神は素盞鳴尊が攻めてきたと思いすぐさま武装した。

まず髪を角髪(みずら)という男性のものに結い直し、手や髪それぞれに五百もの勾玉を糸に通した飾りを巻き、 さらに千本の矢が入る靭(ゆぎ)を背負い、五百本の矢が入る靭を腹に抱え、大変な強弓を手にした。

そのように武装すると、四股を踏むように両足を大地にめり込ませ、素盞鳴尊を威嚇したのである。

神功皇后と全く同じである。

肝心な時には、女性は男性に変身するのが日本の神話なのだ。

そして桃太郎も女性のような側面があることに注目したい。

桃太郎の桃はみずみずしい女性のお尻を象徴している。

そして名前が桃太郎である。

桃は色合いから行っても、女性の雰囲気を持つ。桃子などと書けば、初々しい美女を想像することができるのだ。

桃太郎がそんなに強いのなら、桃から生まれなくても、栗とか岩から生まれたほうが強いように思う。

そこをわざわざ桃太郎としているところに謎を解くカギがある。

神功皇后伝説

結論を書けば、桃太郎の話の原型は「神功皇后伝説」がベースになっているのだ。

神功皇后の話では、まずは熊襲を討伐した。その後に住吉大神の神託で再び新羅征討の託宣が出たため、対馬の和珥津を出航した。

お腹に子供(のちの応神天皇)を妊娠したまま海を渡って朝鮮半島に出兵して新羅の国を攻めた。新羅は戦わずして降伏して朝貢を誓い、高句麗・百済も朝貢を約したという。

ここで月延石の話がある。

渡海の際は、お腹に月延石や鎮懐石と呼ばれる石を陰部に挿入して塞いでさらしを巻き、冷やすことによって出産を遅らせたとされる。

日本各地には鎮懐石を腹に巻いたという話が多いが、正解は石を陰部に挿入である。

つまり神功皇后は、石を膣内に挿入した時に男へと変身したのである。

性転換する魚たち

たとえばホンソメワケベラは雄がいなくなったときに、残った雌のなかで最も大きく優位な個体が雄に性転換する。

スズメダイ科のクマノミは雌がいなくなると、2位だった個体が雌に性転換し、3位だった個体が雄として成熟する。

アマエビとして食されるタラバエビ科タラバエビ属で雄性先熟の性転換が知られている。

日本は海人の文化を持つ。

古代の人たちは、魚が性転換することを知っていたのだろう。

だからこそ、西洋の男尊女卑とは違う、男女の公平さを納得できる知識があったのだと思う。

香川県高松市鬼無町では桃太郎が女の子だった、とする話がある。

おばあさんが川から持ち帰った桃を食べ、若返ったおじいさんとおばあさんに子どもができ、男の子のように元気のいい女の子が生まれる。そして、あまりに可愛いので鬼にさらわれないよう桃太郎と名づけ育てた、というもの。

この話を聞けば、桃太郎の男女性転換が理解できると思う。

また桃太郎の姿が、日の丸の鉢巻に陣羽織、幟を立てた姿になり、犬や鳥、猿が「家来」になったのは明治時代からである。

それまでは陣羽織もないし、お供も家来ではなかったという。

明治時代こそ、桃太郎の原型である神功皇后の復活だったのかもしれない。

桃太郎の出生

面白いのは、より古い系統の桃太郎説話は桃から生まれたのではなく、桃を食べたお爺さんお婆さんが若返り出産する「回春型」が主流だったという。

田原本町 - 〇古代桃の紹介〇

モモは平安時代(もしくは鎌倉時代)には既に水菓子(果物)として食べられていた。

しかし、当時のモモは今のようにそれほど甘いものではなかったため、花の観賞用または薬用のものとして使うことのほうが多かったようだ。

桃の中から生まれるようになったのは19世紀初頭だったとある。

これは開国後(明治時代)、強い甘さが特徴の水蜜桃が輸入されるようになり、モモが積極的に食べられるようになっていく事とシンクロする。

桃を食べると、桃の中に大きな種が入っている。かなり大きい種なので、子供が入っていてもおかしくないという発想だろう。

さらに桃を食べて若返りをするという話には養老の滝の話がある。また、いろんな地域に若返りの水という話もある。

これを思えば、若返りの信仰はなじみがあったといえるだろう。

桃太郎もその変形で、薬としての桃が流れてきて若返ったという話の方が、桃がおいしくなかった時代では一般的だったともいえる。

鬼から奪った財宝

江戸期の文学では、桃太郎が持ち帰る財宝は、隠れ蓑、隠れ笠、打ち出の小槌、金銀、延命袋などである。

まず鬼が財宝を持っていることが前提になっていることに疑問がある。

つまり、鬼が島の鬼たちは裕福で、人間が持っていない宝物を持っていると考えているところである。

「日本書紀」にはまつろわぬ「邪しき神」を「邪しき鬼もの」としており、得体の知れぬ「カミ」や「モノ」が鬼として観念されている。

こう考えれば、鬼たちが財宝を持っている設定は突飛でもある。

怖さの次元が違うのだ。

しかし桃太郎では、鬼たちは宝物を持つ集団となっている。

日本人の持っている鬼の概念から外れ、桃太郎の鬼たちはリアリティがあると言えるのではないか。

そこで、鬼たちの実像を推理する事が出来る。

大和朝廷と鉄

大和朝廷が日本を制する事が出来た根本は、朝鮮半島から輸入した鉄であるとされている。

鉄製の武器で日本を制し、鉄製の農具で農業を推進していく。つまり海を渡った場所に、重要なものがあったのである。

鬼の正体が金工師であるとの説がある。

金工師とは古くの鉱山採掘や金属精錬、金属製品生産など、金属に関する事業に携わっていた人達である。(若尾五雄氏の説)

鬼は金棒を持っている。金棒は鉄だ。

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日本には鉄を生産する技術が乏しくて、鉄を得る為に朝鮮半島へ進出している。

つまり、桃太郎は鉄を奪いに行ったのだ。

また、神功皇后の話に戻る。

筑紫橿日宮での託宣の内容は「熊襲の痩せた国を攻めても意味はない、神に田と船を捧げて海を渡り金銀財宝のある新羅を攻めるべし」というものだった。

「海を渡り金銀財宝のある新羅を攻めるべし」。この文章が鬼が島の内容を語っている。

3匹の動物たち

犬、猿、雉の三匹が天皇家に関係しているといえば、ピンとくるものがある。

猿は瓊瓊杵尊を道案内した猿田彦

犬は神武天皇を助け、勇猛果敢に戦った隼人

隼人は「ハヤブサのような人」と言われているが「(犬のように)吠える人」という説もあるし、隼人の呪力が大和政権の支配者層に信じられ、利用されていたと見られている。

井上辰雄らは、狗吠(犬の鳴き真似)行為や身につけている緋帛の肩巾(ひれ)や横刀が、悪霊を鎮める呪声であり、呪具であった事を明らかにしている。

雉はヤマトに入る際に神武天皇を助けた八咫烏(ヤタガラス)か。

天照から神武天皇のもとに遣わされ、熊野国から大和国への道案内をしたとされる。

これらの組み合わせは最強である。

少しこじつけ臭いが、この共に戦った動物たちは、すでに神話に登場しているのである。

福島県の桃太郎話で山向こうの娘を嫁にする話では、お供も猿・犬・雉ではなく石臼・針・馬の糞・百足・蜂・蟹などの広島県・愛媛県の例もある。

東京北多摩地方には蟹・臼・蜂・糞・卵・水桶等を家来にする話がある。

これらは猿蟹合戦の話が入り混じっているのだろうが、まとめると桃太郎単独ではなく桃太郎軍団と解釈してもいいのだろう。

さらに桃太郎の中の三匹の家来たちの数と、神功皇后が征伐した異国の国の数も三つで同じだ。

結果的に神功皇后は三韓を家来にしたのである。

やはり、鬼が島へ旅立った桃太郎の話と、三韓征伐の神功皇后の話は重なる。

神話から昔話へ

日本の歴史の中で、神功皇后の神話が語られるのは、そこに事実があったからである。

朝鮮半島の鉄が、日本の成り立ちに大きく関与している事や、古代日本人が南朝鮮を支配していたことなど、事実は沢山ある。

物語は万葉仮名と漢文で書かれいるので、武家や貴族たちには、聖母(しょうも)伝説として伝わる。

そして一般庶民には、桃太郎の話として伝わっていった。

柳田國男氏の「昔話とはかつての神話の零落した一つの姿」という意味を考えたい。

神話の世界で、異郷の地に行って、他国を従えたのは三韓征伐の神功皇后の話だけなのである。

桃太郎の話は、確かにいろんな側面があり、各地で様々なバリエーションを生み出すなど広がっている。

それは神話の神功皇后伝説のキーワードだけが、桃太郎の話の原型として使われたと言っていいだろう。

神功皇后(桃太郎)という英雄と三韓(鬼が島)の財宝と征伐。

その原型に、桃信仰、若返り信仰、動物たちの参加、故郷に錦を飾るなど、これらが、各地域で練りこまれ、オリジナルの桃太郎の話をふくらましていったのだ。

神話からこぼれ落ちた物語の骨子は、庶民の中で化学変化を起こし続けていく。

そして、そのシンプル物語に、日本人が好きな勧善懲悪の話が入り込み、さらに日本人の血脈にしみこむ。

三韓征伐では、神功皇后は軍規を定めて略奪、婦女暴行、敵前逃亡などを禁じたという。

さらに新羅の王は「吾聞く、東に日本という神国有り。亦天皇という聖王あり。」と言い白旗を上げ、戦わずして降服し朝貢することを誓ったとある。

そこから、武士の倫理が育て上げられた。

明治の代が始まり、日清日露の戦争を経て、昭和に入り世界に人種平等を宣言し大東亜戦争を推し進めてしまう。

まさに桃太郎の快進撃を地でいったのだが、現実には手ひどい敗戦をあじあう。

しかし、復活したのである。

そして現代の鬼滅の刃の大ヒットを生みだしたといえるだろう。

引用 ウィキペディア

 

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