卑弥呼の称号を受け継げなかった女王
二代目卑弥呼が誕生しなかった理由
卑弥呼は固有の名前ではなく、「日の巫女」という役職名だったとする説が多い。
しかし、卑弥呼の死後、その跡を継いだ台与は、なぜ卑弥呼という称号を受け継がなかったのだろうか。
この疑問に対する一つの答えは、卑弥呼が単なる巫女ではなく、神の子孫としての側面を持っていた可能性があるということである。
これは大和政権が、このやり方をした事から、その始まりは卑弥呼だった可能性がある
大和政権の神話において、トヨという名前を持つ神々が重要な役割を果たしている。
九州南部は豊日分けと呼んでいた事。
天孫降臨の瓊瓊杵尊の子供山幸彦(火遠理命)は、豊玉姫と結婚をしている。
さらに伊勢神宮には天照と共に豊受大御神が祀られている。
大和誕生の神話にはトヨという名前が必要だった証しなのだ